
キャッシュレス決済の普及や、2023年4月からの制度解禁を受けて、給与のデジタル払い(以下、デジタル給与)が注目されています。
企業でも制度対応に向けた情報収集や検討が進み始めていますが、実際の導入はまだ限定的です。背景には、制度や運用ルールに関する理解の難しさやシステムの整備、従業員への説明と同意取得など、企業側の準備・運用における課題が多く存在しているためです。
こうした中で、生活者がデジタル給与をどの程度認知し、どのような点に期待や不安を感じているのかを把握することは、制度導入を検討する企業にとって欠かせない視点といえます。そこで、TISでは「デジタル給与に関する意識調査2025」を実施し、認知度や利用意向、希望する受け取り方法や金額、さらに不安・懸念に感じる点について幅広い回答を得ました。
本記事では、その調査結果をもとに、デジタル給与の現状や、今後企業が導入する際に押さえておきたいポイントを紹介します。
※本調査はデジタル給与制度の解禁から約2年が経過した2025年7月31日~8月7日にかけて、生活者の認知・利用意向・不安要因を定量的に把握することを目的として実施しました。
- 実施期間:2025年7月31日〜8月7日
- 調査方法:インターネット調査(Fastask)
- 対象:全国の18〜65歳の男女545名
- 年齢構成:各年代を均等に割り付け
- 職業構成:会社員を中心に、アルバイト・自営業・派遣・契約社員などを含む
1 デジタル給与を知っている人は44.4%
1-1 若い世代では比較的高い認知度に
2 利用意向は全体として慎重だが、若年層を中心に関心が高まる傾向
2-1 利用意向は職場での制度化によって4%上昇
2-2 試してみたい層に見る広がりの兆し
3 希望受取金額は少額が中心
3-1 若年層は少額利用志向、中高年層では高額受け取りも視野に
3-2 受け取り手段の希望はコード決済が主流
4 デジタル給与に関する不安・懸念点
5 不安・懸念の払拭に向けた施策のポイントとは?
6 まとめ|デジタル給与の導入は、世代や職業ごとのニーズに応じた取り組みがカギに
1 デジタル給与を知っている人は44.4%

「デジタル給与を知っていますか」という問いに対して、「知っている」と答えたのは全体の44.4%でした。このうち、既に使っている人の割合は12.8%にとどまり、知っているが未だ使っていない人は31.6%という内訳です。
一方で、「聞いたことはあるがよく知らない」が32.1%、「知らなかった」が18.5%、「わからない」が5.0%と続き、制度そのものを認知していない人が約4人に1人に上ることがわかりました。
この結果からは、制度の存在自体は徐々に広がり始めているものの、「知っている」あるいは「仕組みを理解していない」という層が依然として多いことがうかがえます。
すなわち、企業が制度導入を検討するうえでは、まず従業員に制度の正しい理解を促す情報提供が重要な第一歩といえるでしょう。
1-1 若い世代では比較的高い認知度に

年代別に見ると、「知っている(既に使っている/まだ使っていない)」と回答した割合は、18〜29歳が59.3%と半数を超え、若年層ほどデジタル給与への認知が進んでいることがわかりました。
一方で、40代は35.1%、60歳以上は33.3%と、年齢が上がるにつれて認知度が下がる傾向が見られます。
実際に「すでに使っている」と回答した人の割合も、18〜29歳では28.7%であるのに対し、40代は8.1%、50歳以上ではわずか0.9%と大きく開きが出ています。
職業別では、「知っている」と回答した割合が最も高かったのは自由業の57.2%でした。
会社員では、事務職が50.4%、技術職が48.1%と一定の認知を獲得している一方で、非正規雇用や自営業、学生では2〜3割程度にとどまる結果となりました。
こうした傾向から、デジタル給与はデジタルサービスとの親和性が高い層を中心に浸透しつつある一方で、職種や年齢によって認知の差が依然大きいことが示唆されます。企業が制度導入を検討する際には、若年層の理解を起点にしつつ、中高年層や非正規雇用者にも届く情報設計が求められるでしょう。
2 利用意向は全体として慎重だが、若年層を中心に関心が高まる傾向

デジタルマネーで給与を受け取ることについて、「ぜひ受け取りたい」「どちらかといえば受け取りたい」と回答した人は全体の22.4%にとどまりました。
依然として「受け取りたくない」と答える層が66.2%と多数を占めており、制度全体としてはまだ慎重な受け止め方が主流です。
ただし、年代別に見ると温度差が明確に表れています。18〜29歳では48.1%が肯定的に回答しており、若年層を中心に一定の受容が進んでいることがわかりました。
一方で、30代では32.4%、40代で17.1%、50代以上では一桁台と、年齢が上がるにつれて利用意向は低下しています。
つまり、デジタル決済に慣れた若年層を中心に「デジタル給与への心理的抵抗が少ない層」が存在することがうかがえます。
職業別では、会社員層の4人に1人程度が利用に前向きである一方、パート・アルバイト(18.4%)や自営業(18.9%)では慎重な傾向が見られました。自由業や技術職のように、もともとキャッシュレスやデジタルツールの利用頻度が高い職種ほど、受け入れやすい傾向があると考えられます。
こうした結果から、企業がデジタル給与を検討する際は、自社の従業員層がどの層に近いのかを見極めることが重要です。
たとえば若年層が多い業界では比較的受容されやすい一方で、幅広い年代が在籍する企業や現金文化が根強い業種では、導入にあたって丁寧な説明や選択制の設計が不可欠になるでしょう。
企業が制度導入を検討する際には、「現時点で利用したいと考える層は2割程度」という社会的な温度感を踏まえ、従業員の理解度や受け止め方を見極めながら検討を進めることが求められます。
2-1 利用意向は職場での制度化によって4%上昇

一方で、「もし今の職場でデジタル給与が使えるようになったら使いたいか」と尋ねたところ、「ぜひ使いたい」が7.5%、「試しに使ってみたい」が18.9%で、合わせた高意向層は26.4%となりました。先述の22.4%から4%上昇しており、制度がより身近なものとして提示されたことで、一定の関心が高まる様子もうかがえます。
しかしながら、「あまり使いたくない」「使いたくない」と回答した人が62.5%と依然多数を占め、「わからない」と答えた人も11.0%で変化は見られません。
つまり、現時点では慎重な層が主流である一方、制度を現実的な選択肢として意識し始めた層が確実に増えていることがわかります。
2-2 試してみたい層に見る広がりの兆し
制度導入によって従業員の行動が一気に変わるとは限らないものの、調査結果からは「試してみたい」と感じる層が着実に増えつつある兆しもうかがえます。
特に、キャッシュレス決済やポイントサービスを日常的に利用する若年層や、フリーランス・副業層といった柔軟な働き方をしている人々のあいだで、デジタル給与を“より自由な給与の受け取り方”として捉える動きが見られ始めています。
こうした層を起点に、今後はスマホ決済や電子マネーなど既存のデジタル経済圏と親和性の高い領域から、段階的に利用が広がっていく可能性があります。
一方で、安定的な給与管理を重視する中高年層や現金主義の職種では、なお慎重な姿勢が続くと考えられます。
デジタル給与はまだ制度としての黎明期にありますが、生活者の一部にはすでに関心と行動の変化が芽生えています。
こうした「小さな利用層の広がり」を社会全体の潮流としてとらえることが、企業にとって制度の将来性を見極めるうえで重要な視点となるでしょう。
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3 希望受取金額は少額が中心

デジタル給与で「いくら受け取りたいか」を尋ねたところ、最も多かったのは「1〜3万円未満」36.1%でした。
さらに「1万円未満(9.8%)」「3〜5万円未満(16.4%)」を合わせると、全体の6割以上が5万円以下の少額を希望しており、日常生活のなかで一部をデジタルマネーで受け取りたいというニーズが主流であることがわかります。
一方で、「10万円以上」と回答した人も18.9%おり、全額をデジタルで管理したい、または高額をまとめて受け取りたい層が一定数存在することも確認されました。
こうした結果からは、デジタル給与を「収入のすべてを置き換える手段」として捉える人はまだ少なく、日常の支出やキャッシュレス決済に活用できる“サブ用途”としての期待が強いことがうかがえます。
社会全体でも、電子マネーやポイント経済が生活インフラとして定着するなか、デジタル給与もまずは少額・日常使いの延長線上で受け入れられていく可能性が高いと考えられます。
3-1 若年層は少額利用志向、中高年層では高額受け取りも視野に

年代別に見ると、若年層ほど少額の受け取りを希望する傾向が明確に表れました。
18〜29歳では「1〜3万円未満」が53.9%と過半数を占め、「1万円未満」も1割強にのぼります。
キャッシュレス決済を中心とした日常の支払いに利用する意識が強く、“給与の一部を自由に使える形で受け取りたい”というニーズがうかがえます。
一方、30〜40代では「1〜3万円未満」と「10万円以上」が並び、目的や生活ステージによって希望額が分かれる傾向にあります。
50代以降では「10万円以上」が最多となり、受け取り額をまとめて管理したい層が増加しています。
この背景には、単にデジタルリテラシーの違いだけでなく、給与水準や支出構造の差も影響していると考えられます。
若年層では日々の生活費やサブスク支払いなどに直結した小口ニーズが中心であるのに対し、中高年層は家計全体の資金管理や貯蓄を意識し、より大きな単位で給与を受け取る方が効率的と考える傾向があると言えるでしょう。
したがって、デジタル給与をめぐる設計やコミュニケーションを検討する際には、単なる年代別アプローチではなく、収入構造やライフステージに基づく行動理解が欠かせません。
3-2 受け取り手段の希望はコード決済が主流

デジタル給与での受け取り手段の希望については、最も多かったのが「コード決済(au PAY、楽天ペイ、PayPay、d払いなど)」で75.4%でした。
次いで「電子マネー(Suica、WAONなど)」が40.2%、「チャージ式プリペイドカード」が22.1%、「暗号資産(仮想通貨)」が13.9%という結果となりました。
突出して選ばれた背景には、PayPayやauPAYといったコード決済事業者がいち早くデジタル給与制度に対応したことや、スマホ決済が日常の買い物や送金に広く浸透していることも関係していると考えられます。一方で、電子マネーやプリペイドカード、暗号資産など、受け取り方の多様化に対する関心も一定程度存在しており、今後は利用目的やライフスタイルに応じた選択肢が求められていく可能性があります。
4 デジタル給与に関する不安・懸念点

デジタル給与に対して最も多く挙げられた不安は、「現金化に手間や手数料がかかりそう」という回答で、全体の約半数にのぼりました。次いで、「セキュリティ面が心配」「使える場所が限られそう」といった声がそれぞれ37%前後です。
また、「制度の信頼性・法的整備の不透明さ」や「トラブル時の問い合わせ・サポートへの不安」も約27%と一定数存在しました。
これらの結果から、デジタル給与の普及を妨げている要因は、制度そのものへの拒否感というよりも、“安心して利用できる仕組みがどの程度整っているか”への疑念であることがわかります。
特に「現金化コスト」と「セキュリティ対策」は、最も現実的な懸念として多くの層に共通しており、利用のハードルを下げるためには、こうした懸念にたいして十分な対策がなされていることをいかに可視化できるかが大きな鍵になりそうです。
5 不安・懸念の払拭に向けた施策のポイントとは?
調査では、デジタル給与に対して「現金化の手間」「セキュリティ面」「制度への不安」など複数の懸念を同時に抱く人が多いことがわかりました。
一方で、これらの懸念の多くは、制度設計や法令上の要件によって既に一定の安全策が担保されている領域でもあります。企業が導入を検討する際は、「法制度として整備済みであること」を前提に、従業員がその安心を実感できるような説明・運用を行うことが重要です。
①現金化コストへの懸念は制度的にカバー済み
資金決済法および労働基準法施行規則では、少なくとも月1回は手数料無料で現金を引き出せることが義務づけられています。つまり、「現金化できない」「都度手数料がかかる」といった不安は制度上排除されています。
企業としては、この点を明確に説明し、“給与と同じように受け取れる”という認識を従業員に持ってもらうことが、安心感の醸成につながります。
②セキュリティ面の信頼性は法的基準で保証
デジタル給与に対応する資金移動業者は、厚生労働省の指定審査を通過した業者のみが対象です。これにより、利用者資金の分別管理や不正防止策、個人情報保護の体制が一定基準を満たすことが制度上担保されています。
企業は、導入予定の業者がどのようなセキュリティ措置を実施しているかを共有し、安全性があるという点を伝えていくことが重要です。
③制度理解と同意取得のプロセスを丁寧に
デジタル給与の導入にあたっては、企業には説明義務と従業員の同意取得義務があります。
制度の目的、利用の流れ、セキュリティ対策、現金化手続きなどをわかりやすく説明し、選択可能な仕組みとして理解を得ることが欠かせません。
「なんとなく不安」「仕組みがわからない」という心理的ハードルを下げるためにも、Q&Aや説明会の開催、具体的な利用イメージの共有など、丁寧な情報提供が求められます。
6 まとめ|デジタル給与の導入は、世代や職業ごとのニーズに応じた取り組みがカギに
デジタル給与の認知度はまだ十分とは言えないものの、若年層を中心に前向きな意識が芽生え始めています。この層を起点に、世代や職業ごとの生活実態に応じたアプローチを進めていくことで、制度理解や利用意向の拡大が期待されます。
一方で、最大のハードルとなっているのが「現金化コスト」や「セキュリティ面」に対する不安感です。しかしこれらの多くは、すでに制度上で一定の安全性・利便性が担保されている領域でもあります。
実際には、少なくとも月1回は手数料無料で現金を引き出せる仕組みや、厚生労働省による指定審査を経た資金移動業者の運用体制など、法制度面での整備が着実に進んでいます。
今後は、こうした制度的な安心を正しく伝えながら、少額受け取りやスマホ決済といった“日常の延長で使える利便性”を高めていくことが、デジタル給与をより多くの人が受け入れるための次のステップとなるでしょう。
デジタル給与の導入を検討する際には、この調査結果を参考データとしてぜひご活用ください。
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給与の新しいカタチ「デジタル給与」に関する意識調査2025 ホワイトペーパーダウンロード