
デジタル化が加速し、多くの企業は「いかに顧客体験(CX)を向上させ、競合との差別化を図るか」という課題に直面しています。その解決策の一つとして注目を集めているのがエンベデッドファイナンス(Embedded Finance)です。
本記事では、エンベデッドファイナンスの基本的な仕組みや事例、企業が導入するメリットと検討すべき課題を解説します。
1 エンベデッドファイナンスとは
1-1 BaaSとの違い
2 エンベデッドファイナンスの仕組み
3 エンベデッドファイナンスの事例
4 エンベデッドファイナンスを導入する企業側のメリット
4-1 顧客体験・ロイヤリティの向上
4-2 顧客分析・マーケティング精度の向上
4-3 手数料など新たな収益源の確保
5 エンベデッドファイナンスを提供する銀行・金融機関側のメリット
6 エンベデッドファイナンス導入時に検討すべき課題
6-1 不正利用への対策
6-2 適切なパートナー企業の選定
7 まとめ
1 エンベデッドファイナンスとは
エンベデッドファイナンス(Embedded Finance)とは、非金融企業が自社のサービスやアプリ内に金融機能を「組み込む」仕組みを指します。
通常、決済・融資といった金融サービスを利用するためには、ユーザーは銀行や決済事業者といった金融機関にアクセスする必要があります。しかし、エンベデッドファイナンスを導入すれば、ユーザーはサービスの利用と同時に金融サービスをシームレスに使えるようになります。

代表例として、Uberでは配車やフードデリバリーにおける料金決済やドライバーの報酬受け取りがアプリ内で完結します。メルカリでは売上金の受け取りやQRコード決済が可能になっており、Shopifyではオンラインストアの開設に加えて決済や融資までをワンストップで利用できます。このように、ユーザー体験を分断しない仕組みこそがエンベデッドファイナンスの最大の特徴です。
1-1 BaaSとの違い
エンベデッドファイナンスと似た概念に「BaaS(Banking as a Service)」があります。
BaaSとは、銀行や金融機関が自社の金融機能(口座・決済・融資など)をAPIを通じて外部に提供する仕組みを指します。
一方、エンベデッドファイナンスは、非金融企業が自社サービスに金融機能を「組み込むこと」そのものを意味します。
その実現手段のひとつがBaaSの活用です。たとえば配車アプリやECサイトが、銀行ライセンスを持たずにAPIを通じて決済や融資を提供するケースは典型的なBaaS経由のエンベデッドファイナンスといえます。
ただしエンベデッドファイナンスはBaaSに限定されません。楽天やソフトバンクのように、自ら銀行ライセンスを取得して直接金融サービスを提供することで「エンベデッドファイナンス」を実現する企業もあります。
このように、エンベデッドファイナンスは「非金融企業が金融機能を組み込むこと」という目的を指すのに対し、BaaSはその目的を実現するための主要な技術的「手段」であるという点で区別されます。
2 エンベデッドファイナンスの仕組み
銀行などの金融機関は一般的に、エンベデッドファイナンスを導入したい企業と直接契約するのではなく、「イネーブラー」と呼ばれる仲介企業を通して金融基盤を提供します(下図参照)。

イネーブラーは、金融機能を提供する「ライセンスホルダー」と非金融サービス企業との間をつなぎ、エンベデッドファイナンスを実現するための技術的な支援を行います。
3 エンベデッドファイナンスの事例
エンベデッドファイナンスは、さまざまな業種・業態で導入されています。代表的な例は以下の通りです。
| サービス名 | サービス内容 | 組み込み金融サービス | 公式サイトURL | 
|---|---|---|---|
| Uber | 配車・フードデリバリー | 料金の決済/ドライバーの報酬受け取り | https://www.uber.com/jp/ja/ | 
| メルカリ | フリマサービス | 代金の支払い・受け取り/QRコード決済 | https://static.jp.mercari.com/welcome | 
| タイミー | スポットワーク人材募集・仕事探し | 給与の支払い・受け取り | https://timee.co.jp/ | 
| LINE | SNS | キャッシング/証券 | https://www.line.me/ja/ | 
| Shopify | オンラインストアプラットフォーム | 銀行口座/決済 | https://www.shopify.com/jp | 
| Amazon | マーケットプレイス | 売り上げの受取/レンディングなど | https://sell.amazon.co.jp/learn/marketplace | 
4 エンベデッドファイナンスを導入する企業側のメリット
エンベデッドファイナンスを導入することで、企業は次のようなメリットを得られます。
- 顧客体験・ロイヤリティの向上
- 顧客分析・マーケティング精度の向上
- 手数料など新たな収益源の確保
それぞれ詳しく解説します。
4-1 顧客体験・ロイヤリティの向上
エンベデッドファイナンスの最大の利点は、ユーザー体験の改善です。
金融サービスがアプリやサービス内で完結することで、利用者は別途金融機関のサービスにアクセスする手間がなくなり、よりスムーズに取引を行えます。
利便性の高さは顧客満足度を高めるだけでなく、ブランドへの愛着やサービス利用の継続率向上にもつながります。さらに、決済を含めた一連のプロセスを自社ブランドの中で完結させることで、ユーザーに「決済まで一貫したブランド体験」を提供でき、ブランド価値の向上にもつながります。
4-2 顧客分析・マーケティング精度の向上
エンベデッドファイナンスの導入により、企業は金融取引データを含むより深い顧客情報を取得できます。例えば「購入時の決済手段」「分割払いの利用状況」「融資の有無」などは、顧客の購買力や興味関心などを把握するための有力な指標です。
これらのデータを購買履歴など既存のデータと組み合わせることで、より精度の高い顧客分析やパーソナライズが可能になります。その結果、キャンペーン設計や商品提案を一人ひとりに最適化でき、マーケティング全体の効果を高めることができます。
4-3 手数料など新たな収益源の確保
エンベデッドファイナンスの導入は、企業の新たな収益源としても大きな可能性を持ちます。
従来であれば金融機関に支払われていた「決済手数料」や融資の「利息」などを、自社が直接獲得できる仕組みを構築できるためです。
また、分割払いや後払いといった利便性の高い決済手段を提供することで購入のハードルを下げられ、売上増加につながる効果も期待できます。
5 エンベデッドファイナンスを提供する銀行・金融機関側のメリット
BaaSを通じてエンベデッドファイナンスの導入を支援する銀行・金融機関にとっても、多くのメリットがあります。最大のポイントは「新たな顧客接点」を獲得できることです。従来は直接取引のなかった非金融企業とパートナーシップを結ぶことで、新しい収益機会を得られるだけでなく、自社の金融機能を幅広い産業へと展開できるようになります。
また、エンベデッドファイナンスを通じて間接的にサービス提供の機会が増えることで、これまでリーチできなかった顧客層との接点も生まれます。例えば「金融手続きが面倒」と感じていた層に対しても、非金融サービスを利用する中で自然に金融機能を使ってもらえるようになり、顧客基盤の拡大につながります。
さらに、利用データが増えることも大きなメリットです。エンベデッドファイナンス経由で得られた決済・利用データを分析することで、信用スコアリングや商品開発の改善に活用でき、既存の金融サービスの競争力強化にも直結します。銀行・金融機関にとって、エンベデッドファイナンスは「新規顧客の獲得」と「サービス改善のデータ活用」を同時に実現できる仕組みといえるでしょう。
6 エンベデッドファイナンス導入時に検討すべき課題
エンベデッドファイナンスは大きな可能性を秘めていますが、導入にあたっては課題への十分な備えが欠かせません。特に重要なのが「不正利用への対策」と「適切なパートナー企業の選定」です。
6-1 不正利用への対策
エンベデッドファイナンス導入時における重要な課題の1つが、「不正利用」への対策です。
金融サービスには不正アクセスやマネーロンダリング、なりすまし取引などの脅威が常に存在し、どのような提供形態であっても十分な備えが欠かせません。
そのためには、不正検知システムの導入やセキュリティ基準への準拠、多要素認証の活用など、多層的な防御策が求められます。自社で金融サービスを直接展開する場合はもちろん、BaaSを介してサービスを組み込む場合でも、利用者に安心してもらえるセキュリティ体制を構築することが不可欠です。
社内に専門知識やリソースが不足している場合は、信頼できるパートナーの協力を得ながら体制を整えることが、リスク低減のための現実的な選択肢となります。
6-2 適切なパートナー企業の選定
エンベデッドファイナンスをスムーズに実現するためには、「適切なパートナー企業の選定」が不可欠です。
エンベデッドファイナンスを実現するには、決済インフラやセキュリティ、法規制対応など高度な専門知識が必要であり、非金融企業のノウハウだけで完結させるのは現実的ではありません。
金融の専門知識が豊富で技術力の高いパートナー企業と協力することで、ユーザーにとって利便性・安全性が高い優れたサービス開発を実現しやすくなります。
7 まとめ
エンベデッドファイナンスは、非金融企業が自社サービスに金融機能を組み込むことで、顧客体験を向上させながら新たな収益機会を創出できる仕組みです。さまざまな業界で導入が進んでおり、今後さらに普及が加速すると考えられます。
エンベデッドファイナンスは大きな成長分野ですが、導入には複雑な法規制対応や高度なセキュリティ体制の構築が不可欠です。
こうした課題をクリアし、スピーディかつ安全に金融サービスを展開するためには、金融分野の知見と技術力を持つパートナーの存在が鍵となります。TISは、金融サービス展開の技術支援において幅広い実績がございます。
エンベデッドファイナンスをはじめ、金融サービス分野への参入をご検討の際には、お気軽にご相談ください。
