コラム Column

【ウェビナーレポート】企業間取引のキャッシュレス決済の展望と課題

DX第一人者に学ぶ企業間取引におけるDX戦略

2024年9月3日〜19日、ウェブセミナー「DX第一人者に学ぶ、企業間取引におけるDX戦略 ~中小企業のDXを支援するビジネスの可能性~」を開催しました。本コラムはデジタル庁 和泉 憲明様、およびTIS株式会社B2B取引DX推進室セクションチーフ 小宮山 大輔による講演内容のレビューです。

現在、企業は電子帳簿保存法の改正やインボイス制度の導入、ISDNサービスの終了など、急速に変化する取引環境に直面しており、これらの課題への対応として、新たな取引環境の構築に関する機運が高まっています。しかし、請求、税務、契約、決済などの取引フローにおいて、中小企業を中心とする日本企業では、紙ベースの作業や手作業での入力が依然として主流であり、デジタル化の推進が喫緊の課題となっています。本ウェビナーでは、「DX第一人者」である(株)AIST Solutions 和泉 憲明様(デジタル庁を兼務中)をお招きし、中小企業におけるDXに焦点を当て、現状の課題や中長期的な戦略目標をご紹介するとともに、企業間取引のDXに向けた新しいビジネスモデルや、自社サービスに新たな価値を生むためのヒントについても解説します。

目次
第一部 基調講演 「DX第一人者」が語る、競争力強化に向けたDX戦略
  1.企業DXの基本概念と本質
  2.DXはテクノロジーよりも多くの人が使い出すこと=コモディティ化が重要
  3.すべての企業がデジタルエンタープライズへ変革する
  4.デジタル時代のサービス・システム開発の難しさ
  5.DXを加速するためのIT投資のポイント、「バイデザイン」という考え方
  6.企業DXを加速するためのポイントと将来ビジョン
第二部 金融・決済が切り拓く、企業間取引デジタル化時代の新たなビジネスチャンス
  1. B2B決済市場とDXの現状
  2. B2Bにおける決済のトレンド/決済とDXを紐付ける最初の起点は「請求」
  3. 金融DXにおけるTISの取り組み 「法人デジタルウォレット」
  4. 法人デジタルウォレットの構築をワンストップで提供

第一部 基調講演 「DX第一人者」が語る、競争力強化に向けたDX戦略

株式会社AIST Solutions Vice CTO
(デジタル庁シニアエキスパート)
和泉 憲明様
経済産業省でDX関連政策に従事し、2024年7月に株式会社AIST Solutionsに転籍。
デジタル庁のシニアエキスパートとして、企業間取引DXを担当。

1.企業DXの基本概念と本質

テクノロジーや政策動向を踏まえ、企業の競争力強化に向けた取り組みについて、企業間取引を中心に解説します。まず、DXという変革はすでに始まっており、場合によってはその移行プロセスを完了している企業がある、という認識が重要です。また、DXによって世の中が一変すると思われがちですが、DXという変革の本質はテクノロジーが社会を変えることではなく、私たちがそのテクノロジーに慣れ、無意識にそれを使いこなすようになることです。

2.DXはテクノロジーよりも多くの人が使い出すこと=コモディティ化が重要

過去の変革に当てはめてみると、産業革命当時、アメリカでは「モビリティ革命」と呼ばれる移動手段の変革が起きました。当時は、どれだけ多くの馬車を所有しているかが富の象徴でした。そのため、多くの投資家は馬車を買い占めましたが、この「モビリティ」は10年も経たないうちにT型フォードに取って代わられ、結果として投資家は破産していきます。しかし、馬車が自動車に変わったとしても、市民の生活自体は何も変わっていないと言えます。この話のポイントは、移動という生活の本質は変わらないものの、それを支える産業構造が劇的に変わったという点です。
通勤電車の例で説明すると、以前は多くの人が車内で新聞を読んでいましたが、現在ではほとんどの人がスマホでニュースをチェックしています。それでも、会社に着く頃には皆が同じニュースを知っているという状況に変わりはありません。つまり、同じ通勤の風景であっても、情報へのアクセス方法が大きく変わったのです。このように、通勤電車での情報アクセスにおいても、ほぼ完了しているといえるでしょう。
さらに、DXが競争優位性を確立している例として、コンテンツ産業が挙げられます。日本は伝統的にゲームやアニメに強みを持っていましたが、この業界でも、制作方法や配信方法は以前と変わらないにもかかわらず、ダウンロードや課金状況をオンラインでリアルタイムにデータ化し、その評価をもとに投資する企業が成長しています。たとえ自分たちが価値を感じることができないコンテンツでも、アプリ課金やダウンロード数の急激な伸びを見て資金を投入できる企業が成長しています。この例でのポイントは、「コンテンツの良さがわからない」という段階にいる企業は、オンラインデータを活用しておらず、時代の変化に取り残されている可能性が高いということです。オンラインのデータをどう活用するかが、企業の競争力の源泉となっています。

3.すべての企業がデジタルエンタープライズへ変革する

私が書いたDXレポートの中で最も思い入れのある一文に「すべての企業がデジタルエンタープライズへ変革する」というものがあります。その意図を、地方の国立大学病院を例にご紹介します。

地方の国立大学病院は予算が限られているのですが、看護師向けに型落ちのスマホを購入し、個人用の端末として利用している事例があります。この病院では、スマホネイティブの機能を活用して業務を効率化しています。例えば、点滴の交換はQRコードを用いて管理することで、メモを取る必要がなくなりました。今まで手書きしていた患部の状態なども、スマホで撮影するように変わりました。これにより、看護師の作業が効率化され、看護師の作業が大きく変わりました。さらに、電子カルテとスマホに看護師の作業が最適化されるよう業務手順が見直され、結果として看護師はスマホの充電以外でスタッフステーションに戻る必要がなくなりました。つまり、スマホさえあればどんな作業でも完結できるようになったのです。その結果、超過勤務がなくなり、経営が改善されました。働きやすい環境となり、看護師の離職率が低下し、優秀な人材を確保できるようになりました。この事例のポイントは、単に電子カルテを導入するだけでなく、電子カルテとスマホのポテンシャルが最大化するように、看護師の作業オペレーションも見直した点です。これにより、業務効率が向上し、看護師同士や医師と看護師の連携も進みました。単なるペーパーレス化ではなく、組織として何を目指すのかを具体的に考えることがDXの重要なポイントです。これはペーパーレス化をキャッシュレス化に置き換えても、同様に考えられます。自社のDXにおいて何をすべきか、将来ビジョンとして示す目標をぜひ考えてみてください。

4.デジタル時代のサービス・システム開発の難しさ

経済産業省とデジタル庁が発表した企業間取引の将来ビジョンでは、供給側と需要側の力関係が逆転する、特に、取引に関する主導権が逆転するという見通しを示しています。これまでは、企業が作った”もの”が、流通し、売買され、消費者に届くという、川上から川下への”もの”の流れでした。しかし、データを活用することで、消費者のニーズに対して、受発注や引き合いの段階よりも前に在庫調整や生産計画を立て、柔軟に対応できる仕組みを構築することもできます。これは、需要に合わせた効率的な生産と供給が可能になることを指しています。企業間取引のデジタル化では、これまでの固定的な取引の流れを電子化するだけではなく、結果的に取引系列を跨いださまざまな受発注が可能となるよう、標準化が進められています。従来の取引系列に依存する考え方は変わり、さまざまな受発注が簡単に行えるようになるでしょう。

その時に、自社のビジネスの強みをどう活かすか、そのためにどのようなIT投資を行うかが、企業DXの重要なポイントになります。しかし、デジタル時代におけるサービスやシステムの開発は非常に難しい課題です。具体的には、「イノベーションやマーケット」「業務やシステム、ユーザー作業の最適化」、そして「ITなどのシステム開発」という3つのレイヤーが、データとデジタル技術で一体化してしまうことが、この難しさの背景にあります。特に、イノベーションとITシステムが混ざると、企業が世の中のニーズを正しく理解できなくなり、経営者が過去の成功に固執することでバイアスがかかってしまうため、これが経営戦略における課題となることがあります。

5.DXを加速するためのIT投資のポイント、「バイデザイン」という考え方

レンタカーからモビリティサービスやカーシェアへの移行した事例を通じて、企業の成長戦略について紹介します。あるカーシェア企業が、毎年利用者の半数が走行距離ゼロであることに気づき、その利用者の行動パターンを調査した結果、モバイルオフィスや夜間の待機場所として車を利用していることが判明しました。この企業は、走行距離に依存しないサービスへと移行し、リアルタイムで近くの車両を簡単に探せる機能を強化することで、サービスの改善を継続し、右肩上がりの成長を実現しています。企業成長のカギは、市場からのフィードバックに基づいて、誰に対してどのようにサービスを改善するか、そのサイクルをいかに速く回せるかにあります。実際には、道路を走っている車は全体のわずか2割で、残りの8割は駐車中という現実があります。この8割に対してどのように価値を提供するかが、今後のビジネスにおける大きなチャンスです。成功している企業は、このような新しい視点からビジネスの可能性を広げています。

ICT人材の不足拡大などが懸念される「2025年の崖」問題への対応としても、単に表面的な解決策に捉われず、さまざまな要素を考慮して目的に沿った設計を事前に行う、「バイデザイン」という考え方が重要だと感じています。現場の担当者が直面する課題に引きずられると、短期的な解決策に終始してしまい、広い視野での改革を見失うリスクがあります。目の前の課題に焦点を当てすぎると、本質的な未来への方向性が見えなくなるのです。
DXの推進も同じで、重要なのは、未来を見据え、現在のインフラや手法にとらわれない新しい道筋を描くことです。例えば、明治維新における我が国政府は蒸気機関車について詳細な知識は持っていませんでしたが、イギリスから蒸気機関車を借りて新橋と横浜を結ぶことで、日本の物流や人の移動の未来を見据えた先見性を示しました。この考え方を現代に当てはめると、AIやデータ分析を支えるインフラの重要性が浮かび上がります。特に、キャッシュレスやペーパーレスが進行する中で、企業はどのデータを活用し、どのように投資を行えば競争力を高められるか、変革の本質を見極めることが求められます。中小企業にとって、DXを推進する上で大切なのは、生成AIのようなテクノロジーそのものではなく、それが広く普及し、多くの人々に利用される「コモディティ化」を見極めることなのです。

6.企業DXを加速するためのポイント、将来ビジョン

企業間取引の将来ビジョンは、今のビジネスの単なる延長にはありません。「このまま進めばゴールの先に良い結果が待っている」という考えは、DXを進める上では必ずしも成り立ちません。現在の業務プロセスを単純に電子化するだけでは、本質的な変革にはつながりません。重要なのは、他社と同様のIT投資を行うのではなく、自社の強みをどのように活かすかを走りながら考え、その実現過程で適宜、正しい方向に軌道修正していくことです。そのためには、同じ目的を協働で追及する伴走型の支援が不可欠です。パートナー企業と共に戦略的な計画の策定を目指し、バックキャスティングに基づく変革のための思考が求められます。その先にこそ、DXの成功があるといえます。

第二部 金融・決済が切り拓く、企業間取引デジタル化時代の新たなビジネスチャンス

小宮山大輔_プロフィール

TIS株式会社
デジタルイノベーション営業統括部 ペイメントサービス営業部
(兼)ペイメントサービス事業部 B2B取引DX推進室セクションチーフ
小宮山 大輔
2018年にTIS入社。金融業界への営業担当として、主にフィンテック事業者に対し決済サービスの導入を支援。
現在はサービス企画担当として、金融・決済領域における新しいサービスの検討に従事。

1.B2B決済市場とDXの現状

本講演では、B2Bにおける決済のトレンドについて解説します。まず、B2B決済の市場動向についてですが、企業間取引の市場規模は年間約1000兆円と推定され、そのうち約660兆円が依然としてアナログ業務で処理されています。大企業でも約半分がアナログでのやり取りに依存しており、中小企業ではその割合がさらに高くなっています。決済というと個人向けやリテール決済を思い浮かべる方も多いですが、B2B決済の分野でもデジタル化の余地は大きいと考えられます。
また、中小企業におけるDXの動きも重要です。中小企業基盤整備機構の統計によれば、DXに取り組む企業が増加しており、業務効率化やコスト削減、データに基づく意思決定がその効果として挙げられています。特に決済とDXの関連において、最初のステップとして請求業務の改善が挙げられます。現在、請求業務はアナログ依存度が高く、紙の使用率は8割を超えているという現状があります。アナログ業務が根強い理由として、多くの企業でアナログ手法が企業文化として定着していることが大きな要因だという調査結果もあります。さらに、請求業務に限らず、企業間取引業務全体でシステムが分断されているケースも多く見られます。債権債務関連の業務では、中小企業の約88パーセントが業務ごとに独立したシステムを導入しています。特に小規模事業者ではITシステム自体を導入していない企業も多く、これが決済や請求支払業務のデジタル化を妨げる要因となっています。このような状況を踏まえると、B2B決済のデジタル化には、単なる紙の請求書を電子化するだけでなく、企業間取引全体を見据えた包括的なDXが求められます。

2.B2Bにおける決済のトレンド/決済とDXを紐付ける最初の起点は「請求」

海外の事例に目を向けると、いくつかの重要なトレンドが見られます。ここでは、Shopifyの事例をご紹介します。Shopifyは、SaaSとしてオンラインストアを簡単に構築・運営できる世界有数のECプラットフォームで、請求書支払いSaaSであるMerioと協業しています。この協業により、Shopifyは「Shopify Bill Pay」という機能を提供しており、Shopifyの管理画面上にMerioの機能を組み込むことが可能です。この機能を利用することで、Shopifyの管理画面から請求書をアップロードし、支払方法を選択して支払いを完了させる一連のプロセスを同一画面内で実行できます。請求書の追加は、メール経由での取得や会計SaaSからの自動アップロードにも対応しています。Shopify Bill Payではカード決済やデビットカード決済などの選択肢も提供され、支払いデータをわかりやすく管理できるようになっています。これにより、Shopifyは中小企業向けに新たなユーザー体験を提供しています。

次に、Bill.com(ビルドットコム)の取り組みをご紹介します。Bill.comは法人向けの支出管理と請求書SaaSを提供しており、法人カード会社を買収して自社の請求SaaSに法人カード決済機能を統合しています。これにより、SaaS利用料に加えて、トランザクションから得られる収益が増加しています。このように、法人領域においても組み込み型決済や金融サービスの導入が広がりを見せています。
国内でも、メガバンクや新興フィンテック企業による同様の動きが加速しています。例えば、UPSIDERは請求書管理機能に加えて、自社発行の法人カードを提供し、これに高額な与信枠を付与することで使いやすさを向上させています。また、請求書SaaS機能と法人カードを組み合わせることで、ユーザー体験やDXを強化しています。

クレジットカードが定着した1980年代から1990年代にかけて、カードを決済ネットワークでつなぐことが一般的になりました。現在はそこからもう一歩進んで、部品化された個別システムが相互接続される「API化」や「クラウド化」が進んでいます。これにより、決済サービスも自社のユーザーが必要な機能だけを選んで利用できるようになり、金融システムや決済システムは低コストで導入することも可能になっています。

3.金融DXにおけるTISの取り組み 「法人デジタルウォレット」

このような市場の状況に対して、我々TISもさまざまな取り組みを行っています。
一例として、リテールおよび個人向けの領域で「トヨタウォレット」を支援しています。「トヨタウォレット」は、さまざまな支払方法を統合したデジタルウォレットで、事前チャージ型のプリペイド、即時決済型のデビット、後払い型のクレジットといった複数の選択肢を提供しています。これは、物理的な財布の中身をデジタル化したウォレットサービスの一例です。
今後、このようなサービスが法人向けの領域にも広がることが期待されています。非金融事業者においては、業種に関わらずに利用されるホリゾンタルSaaSへの金融機能組み込みが普及する一方で、バーティカルSaaSにより、特定の業界に特化した業務管理機能や受発注機能を提供するサービスに、金融機能が組み込まれる時代が到来しつつあります。
また、銀行を中心とする金融機関も、個人向けと同様に特定業界に特化したアプローチを行い、自社の金融機能をAPI化する動きを加速させています。このように、金融機関が新たな顧客チャネルにアプローチする動きと、非金融事業者が金融に進出する動きが同時に進んでいます。これらの動きは、金融機関にとってはチャネル戦略であり、非金融事業者にとってはプロダクト戦略です。そして、この2つのアプローチを統合する新しい概念として「法人デジタルウォレット」が誕生し、まさに今、動き始めています。この法人デジタルウォレットは、法人向け金融サービスの可能性を広げ、業界横断的なDXを推進する鍵となると考えられています。

4.法人デジタルウォレットの構築をワンストップで提供

■請求書の受領から決済・支払管理までお客様の企業間取引業務のデジタル化を実現


TISが提供するサービスには、中小企業間の企業取引をDX化し、一連の流れとして支援する機能が含まれています。具体的には、支出・支払い・入金の状況を統合的に可視化し、手元に資金がない場合でも決済がスムーズに行えるよう、企業間取引における資金の円滑化をサポートします。また、法人向けウォレットの構築支援も行っています。請求書の発行や受け取りを起点とした管理機能を提供し、そこからカード決済や銀行決済などの多様な支払手段を選択できる仕組みを整備。これにより、支出や収入を一元的に管理し、資金の流れを可視化することができます。このように、金融機能の組み込みから内製化まで、幅広いニーズに対応できるサービスを展開しています。

■請求~支払いまでの一気通貫で提供


さらに、中小企業向けにSaaSを提供する事業者が、請求書を受領し端末で読み取ることで、請求書を一覧として管理できる機能も提供しています。この機能を活用することで、支払手段を選択し、そのまま支払いを完了させることが可能です。通常は、分断される請求から支払いまでの一連の流れを統合し、効率化を実現します。また、単に請求書に関連する支払手段の提供だけでなく、請求書のカード払いを提供する事業者を通じて、請求書のカード払いスキームを活用することも可能です。さらに、組み込み型の連携基盤を採用することで、自社サービスへの金融機能の統合や、自社の金融サービスを他社のサービスに組み込むこともサポートします。

■TISのサービスを利用した決済DXの実現イメージ


TISはこれまでに紹介した以外にも、多様な決済サービスを展開しています。中小企業向けの新しい金融サービスや決済サービスをご検討の際には、ぜひご相談ください。

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