オフラインとオンラインの垣根がなくなった今、消費者がモノを買うスタイルは大きく変化しました。どの販売チャネルでも顧客一人ひとりを知り尽くし、良質な顧客サービスを提供するためには「小売業界のDX化」が欠かせません。そこで今回ゲストにお迎えしたのは、顧客時間共同CEOの奥谷孝司氏。「無印良品」「オイシックス」をトップブランドに育てた、日本における「小売DX化」のパイオニアです。日本の小売業が目指すべき姿、そして充実した「顧客体験」を実現する方法とは?小売業のDX化に取り組む私(鈴木剛)が、小売業界の現在と未来について深堀させていただきました。
株式会社顧客時間 共同CEO 取締役
オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員
奥谷 孝司氏
1997年株式会社良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年服飾雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。2015年10月に現オイシックス・ラ・大地株式会社に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。2017年に株式会社Engagement Commerce Labを設立。2018年に株式会社顧客時間共同CEOに就く。
TIS株式会社
DXビジネスユニット DX営業企画ユニット
DXペイメントコンサルティング部 フェロー
鈴木 剛
1996年、株式会社東邦銀行入社。預金/為替、窓口、融資を経験。2002年、ソフトバンクファイナンス株式会社(現SBIHD)入社。決済代行サービスの営業、企画を担当。その後、同グループの住信SBIネット銀行株式会社で営業/企画を経験。2008年、楽天グループ株式会社入社。楽天初の外部ECサイトへのサービスに従事。2016年、株式会社インテリジェンスビジネスソリューションズ(現パーソルP&T)入社。タブレットPOSに関連した金融サービスを企画。金融機関とのアライアンスも担当。2022年、TIS株式会社入社。決済関連ビジネスに従事。
1.奥谷氏の考える「小売業の魅力」
2.日本小売業界の人材革命:DX化による従業員支援の重要性
3.革新的DXツール:従業員満足度と顧客体験向上の秘訣
4.マーケティングとITの融合:小売業のDX化に必要不可欠な要素とは
1.奥谷氏の考える「小売業の魅力」
鈴木
お久しぶりです。本日はよろしくお願いします。
奥谷
こちらこそ、よろしくお願いします。
鈴木
奥谷さんとは、私が楽天在籍時に楽天ID決済(現:楽天Pay)を有名ECサイトに導入していただくための営業をしていたときからのお付き合いですね。「無印良品」にもぜひご利用いただきたいと考え、提案を行っていた相手が、当時良品計画のWEB事業部長だった奥谷さんでした。無印良品はすでに高いブランド力があったので、楽天の決済サービスを導入いただくのはかなりハードルが高い状況で。何度も繰り返しご提案し、ようやくご契約いただけたのが懐かしいです。
奥谷
粘り強くご提案いただいたことが印象に残っています。思えば長いお付き合いですね。
鈴木
奥谷さんは「MUJI passport」をプロデュースされるなど「無印良品」のDX化を成功させ、2015年からはオイシックス・ラ・大地のCOCOとして、同社を野菜通販のトップブランドに育て上げられました。長く小売に関わって来た奥谷さんから見る、小売業界の魅力はどこにあるのでしょうか。
奥谷
「目の前で顧客の体験を見られること」に尽きますね。売りたい人と買いたい人がコミュニケーションするという、商売の原点といえる魅力が小売りにはあります。
鈴木
「無印良品」は実店舗をベースとした小売りですが、「オイシックス」は店舗を持たない完全なECです。ECでも顧客と向き合うことは可能ですか?
奥谷
もちろん可能です。ECであっても購買データを通じてお客様の行動や気持ちを知ることはできますし、直接顧客に会うこともできます。実際、僕もオイシックスに入社当時はほぼ毎日会員様にヒアリングをしていました。これは、弊社に入社する社員はみんな経験しています。長く続けている方はもちろん、退会された方にも退会した理由を聞く。そうして得た顧客データをもとに、より良い顧客体験を実現していく。それが小売業DX化の醍醐味だと思います。
鈴木
奥谷さんがCEOを務めている顧客時間という社名にも、顧客体験への真摯な姿勢が現われていますね。ずっとお聞きしたかったのですが、2018年に顧客時間を共同CEOとして立ち上げた目的は何だったのでしょうか。
奥谷
「無印良品」は実店舗がメインでWebはマイノリティのブランドです。僕はそこでDX化の実績を出すことができましたが、これからの小売業は、もっとネットで顧客とつながらなければ生き残れないだろうと考えていました。そんなとき、「オイシックス」は野菜という難しい商材をネットだけで販売し、すでに当時6億円ほどの営業利益を出していました。ここでECはもちろん、お客様とのデジタルを通したつながり方を本格的に学んでみたいと考えたのが、オイシックスに転職した理由です。一方、僕には兼業で自身のD X経験を伝えていく活動をしたいという考えも早くからありました。そこで2018年に『世界最先端のマーケティング』を出版したのですが、この本の共著者である岩井琢磨さんと共同でマーケティング企業をつくろうという話がもち上がりました。「無印良品」でのマーケティング経験やアカデミックな世界で学んだ知見、さらに「オイシックス」での現在進行形の経験を駆使し、日本企業のDX化に貢献してみたい。そう考えて設立したのが顧客時間というわけです。
2.日本小売業界の人材革命:DX化による従業員支援の重要性
鈴木
TISも今、小売業界にどういう貢献ができるかを検討しており、小売業界がどのような課題を抱えているのか、DX化に向けてどのような戦略をもたれているのかについて小売業の方々にヒアリングを行っています。そこであらためて奥谷さんにお伺いしたいのですが、日本の小売業界のDX化はどの程度進んでいると思われますか。
奥谷
欧米をはじめとする海外と比べると、4、5年は遅れています。理由のひとつには緩やかな賃金上昇に守られた小売業が提供する優れた接客力と人的サービス、それに基づくオフライン店舗での成功体験から脱しきれないという要因があるのでしょう。しかし人材問題は、今やグローバルトレンドとなっています。特に小売業界は採用が難しくなっています。ところがコロナ禍が落ち着いた今、日本の小売業の多くが再び実店舗の強化・増加に回帰しつつあります。人手不足の状態でやみくもに店舗を増やせば、従業員は疲弊してしまうでしょう。それに対して、人件費が高い欧米ではいち早く人手不足を見越し、DX化で生産性を高める方向にシフトしています。
鈴木
日本の小売業がDX化によって解決すべき、具体的な課題とはどのようなものだとお考えですか?
奥谷
少ない従業員で質の高いサービスを提供するためには、従業員が働きやすい環境を整え、従業員と企業とのエンゲージメントを高めることが必要です。そこで求められるのが従業員を対象としたDX化ですね。今の消費者はネットで買い物をしたり、ネットで調べてからお店に来たりするのが当たり前。ところが従来型の店舗では、従業員が顧客情報や商品情報を得るためのデジタルツールが不足しています。顧客のほうがかえって商品情報や在庫状況に詳しい場合もある。これでは顧客体験は良くなりませんし、従業員のモチベーションも下がります。
そこで、必要な情報を得られるモバイルデバイスを従業員に与えられるようなアプリなどがあれば、顧客一人ひとりの購買情報や商品の在庫状況などを把握した上での接客が可能になる。そうすれば従業員のパフォーマンスが上がり、顧客体験も高まります。さらに、そうした接客をした従業員を会社として適切に評価することで、良い循環が生まれます。Mobile Shopper Marketing研究の先駆者とも言えるテキサスA&M大学のシャンカー教授らは2016年にはこうした「モバイルショッパーマーケティング」の実践における従業員の役割と評価の重要性を2016年には提唱しているのです。
鈴木
日本の小売業界全体のDX化を進めていくにあたって、まず解決しなければならない課題は何だと思われますか?
奥谷
各小売業者に最適なツールをいかに開発するか、が課題だと思います。ツール開発には、顧客時間のように顧客の課題を整理するマーケティングコンサルティング企業と、システムを開発するIT企業の両方が必要となります。例えば私が『MUJI passport』を立ち上げたときも、複数のITサービス企業と一致団結してようやくリリースにこぎつけました。その点、TISはDX化に必要な技術をもっているのではないでしょうか?
鈴木
TISも2022年からDXコンサルティングサービスをスタートしました。私自身、多くの企業からニーズや課題をヒアリングしているところです。奥谷さんがおっしゃった通り、「お客様のDX化に従業員のDX化が追い付いていないこと」に危機感をもつ小売業者は多いですね。従業員が楽しく働ける環境づくりのために、TISや顧客時間が貢献できることはたくさんあると思います。
奥谷
日本の小売業界では、DX化というと顧客不在の机上の空論が先行して、「最新鋭の物流拠点を立ち上げ、ネットスーパーを始める」といった大掛かりな発想からはじめがちです。しかし、欧米と比べて人件費が安い日本では、むしろ「ヒューマンタッチのDX化」が合っていると思います。例えばアメリカのウォルマートが実証実験を行っている「インホーム」というサービス。これは、顧客がネットスーパーで買い物をすると、顔写真付きで指定した店員が家に来てスマートキーを解錠して、顧客の自宅に入室し、冷蔵庫に商品を入れてくれるというもの。顧客にとってはとても便利ですし、スーパー側は「顧客の冷蔵庫の中身を直接見る」という最高の情報収集ができる。人件費の上昇が緩やかな日本には、こういうデジタルとアナログを融合させるタイプのサービスを最適なデジタルを活用して実践していくのが良いのではないでしょうか。
3.革新的DXツール:従業員満足度と顧客体験向上の秘訣
鈴木
今後の小売業界の展望については、どのようにお考えでしょうか。
奥谷
今の世の中は、人手不足やパンデミック、国際的紛争など、小売業界にとってマイナスの要因が多い状況です。だからこそ、私たちが小売業のDX化を支援する際には、3年先、5年先の企業のビジョンをともに考え、伴走していくことが必要でしょう。店舗拡大と比べれば、たしかにDX化はすぐに利益を生み出すものではありません。しかし、顧客体験の向上と従業員の生産性を高めることには、必ず投資する価値があるはずです。鈴木さんは今後、小売業界がどのように変化することを期待していますか?
鈴木
小売業界全体で、顧客体験が向上されていくことに期待しています。奥谷さんが指摘された通り、これからはDX化の進まない店舗で顧客体験を高めることは難しいでしょう。そこでTISは今、ECと実店舗を結び付け、顧客がECで購入しても実店舗で購入しても同様の体験ができるようなプロダクトを提供しています。
奥谷
どのようなしくみですか?
鈴木
例えば顧客が実店舗で商品を見て、帰宅後にECで購入を検討することはよくあります。このとき、ECの画面上に「こちらの商品は先ほど○○店でご覧になった商品ですね」といったメッセージが表示されれば、顧客は実店舗での接客イメージに近い購買体験ができます。このようなオンライン・オフラインに関わらず、いつでもどこでも買い物ができ、顧客一人ひとりの心をつかむ接客や商品によって、心地よい買い物体験を提供するためのプロダクト、コンサルティングサービスをTISでは提供しています。
私が最近ある有名なバッグメーカーの販売店へ問い合わせをした際の話なのですが、そのメーカーの商品は職人が手作りするため実店舗及びECに商品数が豊富にあるわけではなく、ECでは再入荷すると数分で売り切れてしまうような高い人気が続いていました。ECで購入するのは難しいと考え、電話のスタッフの方に聞いてみたところ即座に全店の在庫状況を確認してくれました。
「在庫があるのは○○店と○○店です。○○店には在庫がありませんが展示品が1点だけ残っています」と教えて頂きました。私がこのブランドに持っていたイメージに相応しい顧客体験を提供されていると感じました。同時に、在庫が分かるだけではなく、電話を通じて購入できたり、ECの在庫として自分専用のページで購入できたりすればもっと利便性が上がるだろうなとも感じました。
このようにまだまだユーザー利便性を意識したお店作りには改善できるポイントがたくさんあると思いますので小売業の方やそのユーザーに喜んでもらえるDX化支援をしていきたいですね。
今後は中小の小売業にも広くDX化支援を行いたいと考えています。単にテクノロジーを提供するのではなく、「3年後、5年後にどんなブランドになっていたいか。そのためにどんなサービスを顧客に提供したいか」を一緒に考えていくようなコンサルティングを手掛けてみたいです。
奥谷
それは素敵なビジョンです。顧客時間の姿勢とも通じるものがありますね。
4.マーケティングとITの融合:小売業のDX化に必要不可欠な要素とは
鈴木
奥谷さんは、今後小売業界に対してどのように関わっていこうとお考えですか?
奥谷
先ほど話した通り、企業の未来を見据えてDX化を支援するようなコンサルティングをしていきたいです。場合によってはコンサルの枠を超え、事業そのものを一緒につくるのも良いでしょう。例えばB to Cブランドを一緒につくり、運用もお手伝いするものです。
また、理想とするのは、ふたつの意味でサステナブルなブランドづくりですね。「小さいビジネスでも持続的に利益を出せる」という意味でのサステナブルと、「環境に優しい」という意味でのサステナブルです。今の日本は東京中心でビジネスが動いていますが、地方にも素晴らしいお店や商品はたくさんあります。マーケティング次第で輝く地方の企業やブランドは少なくありません。TISの技術で、地方を応援するプラットフォームなどができたら非常に面白いのではないか、と思います。
鈴木
ありがとうございます。ぜひやってみたいですね。TISの一般的なイメージは「SIer」だと思うのですが、最近は小売業界を中心に、ユニファイドコマース(複数の販売チャネルがシームレスに連携した購買のかたち)を支援しています。システムを導入するだけでなく、企業の3年後、5年後のロードマップをともに策定し、中長期的にサポートしていければと考えています。サービスインテグレーションとして小売業界に深く関わり、貢献していきたいと思っています。
奥谷
僕らはシステムをつくることができないので、機会があればぜひ一緒にコンサルティングしたいですね。TISには長年の実績と技術力があるので、顧客体験を向上するパートナーとしてとても頼もしいと感じます。
鈴木
最後に奥谷さんから、小売業界へのメッセージを一言お願いします。
奥谷
アメリカでは、顧客がオンとオフを行き来することが当たり前になっており、すでにオムニチャネルからユニファイドコマースへの移行が進んでいます。ユニファイドコマースの本質は顧客体験を重視すること。店舗の立地や売上にこだわるのではなく、優れた顧客体験とは何かを考える。そうすればきっと、デジタルを武器にする価値がわかるでしょう。これからは、顧客体験を考える会社が「顧客がつながり続けたい会社」になります。顧客と向き合う覚悟をもち、DX化を進めていきましょう。
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取材日:2023年10月20日
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