コラム Column

ビジネスコンサルタントの視点から見る、 ウォレットサービス参入に必要な”価値の提供”とその波及効果

top‐遠山氏と鈴木

今回は、JR西日本のデジタルアセットを活用した新たな価値の創造に挑む株式会社TRAILBLAZER(トレイルブレイザー)から、さまざまな決済サービスの立ち上げに携わってきた遠山氏をお招きして、決済ウォレットサービスの可能性についてお伺いしました。本コラムではTISで小売業のDXに取り組む私(TIS 鈴木剛)が、決済ウォレットサービスの新規参入に必要な”価値提供”と、その価値による波及効果について掘り下げていきます。

遠山氏

株式会社TRAILBLAZER
データコンサルティング事業部 シニアマネージャー
遠山 義幸氏
2002年、株式会社ライフに入社。提携カードの企画やパートナーアライアンスを経験。2010年、楽天株式会社に入社。楽天ペイ(オンライン決済)の立ち上げ&グロースに従事。2018年、株式会社メルカリに入社し、「メルペイ」のオンライン決済事業のビジネス部門の責任者として立ち上げ&グロースに従事。2020年に「メルカリ」に異動し、事業開発としてアパレル事業者とのアライアンスや、スポットワーク事業の「メルカリハロ」の立ち上げに携わる。2024年、株式会社TRAILBLAZERに入社し、JR西日本のFinTech領域の戦略支援プロジェクトに従事。

 

鈴木

TIS株式会社
デジタルイノベーション事業本部
DIコンサルティング&プログラム企画部 エキスパート
鈴木 剛
1996年、株式会社東邦銀行入社。預金/為替、窓口、融資を経験。2002年、ソフトバンクファイナンス株式会社(現SBIHD)入社。決済代行サービスの営業、企画を担当。その後、同グループの住信SBIネット銀行株式会社で営業/企画を経験。2008年、楽天グループ株式会社入社。楽天初の外部ECサイトへのサービスに従事。2016年、株式会社インテリジェンスビジネスソリューションズ(現パーソルP&T)入社。タブレットPOSに関連した金融サービスを企画、アライアンスを担当。2022年、TIS株式会社入社。決済関連ビジネスに従事。

1.新しい顧客体験をデジタル施策で支援するTRAILBLAZER

-TRAILBLAZERでは、どのような事業に携わっているか-

遠山
私は以前、楽天でECサイト向けの楽天ペイ(オンライン決済)に携わっており、そこで鈴木さんとも一緒に仕事をさせていただきました。当時から鈴木さんは人を上手く巻き込んでプロジェクトを実現する力が非常に高く、とても印象に残っています。ビジネスはアイデアを実際に形にすることが大変なのですが、鈴木さんにはそれを実現する突破力がありました。私はその後メルカリに移り、メルペイのオンライン決済サービスの立ち上げと、スキマバイトサービスのメルカリハロの立ち上げに携わり、そこでインターネットサービスや決済ビジネスの経験を積んできました。現在はJR西日本の子会社のTRAILBLAZERの一員として、ビジネスコンサルタントの立場からJR西日本のアセットを活用した新しい決済サービス「Wesmo!(ウェスモ!)」の立ち上げに携わっています。

鈴木
そのように私のことを評価していただくのは少しお恥ずかしいですが、ありがとうございます(笑)楽天で遠山さんと私は楽天ペイ(オンライン決済)に携わっていましたが、これは大手のキャッシュレスサービスやID決済に対して後発だったこともあり、当時はとても苦労したことを覚えています。

遠山
TRAILBLAZERはJR西日本グループのデジタル施策支援を担う、デジタルコンサルティングエージェンシーです。JR西日本のデジタル施策の実行支援を担う会社として設立され、DXやデータサイエンス、マーケティング、FinTech等の専門知識やスキルを持つ人材を広く集め、さまざまなプロジェクトの推進をしています。

遠山氏

私はその中で、JR西日本の新しい決済サービス「Wesmo!」のプロジェクトを支援しています。JR西日本の決済サービスは、クレジットカードである「J-WESTカード」と、交通系電子マネー「ICOCA」という2つの決済サービスがあります。コロナ禍に、鉄道の利用者が大幅に減少した経験を踏まえ、鉄道以外の領域へビジネスを広げていく手段として、従来のクレジットカードや電子マネーでは対応しきれない顧客層にアプローチできる、新たな決済サービスが構想されました。
「Wesmo!」はコード決済や資金移動(※現在、第二種資金移動事業者の登録に向け準備中:2024年12月時点)サービスを提供することで、クレジットカードや従来の電子マネーでは届けられない顧客ニーズに応え、新しい顧客体験を創ることを目指しています。このプロジェクトにおけるTRAILBLAZERの主な役割は、JR西日本の事業部と一体となって、全体の戦略を描きながら「Wesmo!」を成功に導くことです。2025年春のリリースに向けて、現在、全力で準備を進めています。

2.これからの決済ウォレットサービスに必要な、新たな”価値提供”

-決済ウォレットサービスへの新規参入で重視すべきポイントとは

遠山
キャッシュレス決済が広く浸透してきている今、自分たちの得意分野でお客様に価値のあるサービスを提供しなければ、選ばれる決済手段にはなり得ません。そのため、どの事業者においても、自社のアセットを活かした”価値提供”が重要になると考えています。
私が携わっている「Wesmo!」には、JR西日本の強みである「交通インフラ」や「観光」といった強力なアセットがありますが、それをどのような価値として、どのように打ちだしていくかが重要だと思います。

遠山氏と鈴木

鈴木
確かに、すでに多くの決済サービスがある中では、ユーザーにとって何か理由がないと、新しい決済手段として、なかなか使ってもらえません。後発の決済ウォレットサービスを利用してもらうためには、自社の得意とする領域で、いかにユーザーに新しい価値を提供できるかがポイントになりそうですね。

遠山
「Wesmo!」は、JR西日本グループのアセットである、交通インフラやショッピング、観光、宿泊等のグループサービスと連携し、お客様にシームレスな体験を提供することで「JR西日本ならではの価値」を届けられると思っています。また、西日本地域には、自然・文化・歴史など多様な魅力を持つ観光地が点在しています。これらを活用したプロモーション企画等の施策をうち出せれば、ユーザーにとって便利でお得な体験を提供できます。さらに、地域のお店や、自治体、観光事業者とも協働することで地域経済を活性化させる好機にもなると考えています。

-自社の決済手段を広げるためには、どんなアプローチをとるべきか

遠山
さまざまなアプローチが考えられますが、これから拡大が見込めそうな領域や、自社の得意な領域で価値提供を行い、勝ち筋を築いていくことが重要だと思います。個人的に興味がある領域としては、企業間取引におけるBtoB決済市場でのサービス展開や個人間送金、特に家族間の送金サービスの利用促進など、「お金」が循環する仕組みづくりに携わりたいと考えています。
BtoB取引の決済市場は1,000兆円を超えると言われていますが、まだまだ現金が主流で、キャッシュレス化がそれほど進んでいません。さまざまな事業者が、BtoB取引の決済領域でサービス展開を始めていますが、各社の強みを活かしたサービスを提供しており、大変興味深く見ています。
「Wesmo!」は加盟店様への精算や企業間の送金も「Wesmo!の残高」で行える予定です。これにより、従来の現金振込での加盟店精算と比べ、加盟店様は売上金をスピーディーに受け取れるようになります。そして、事業のキャッシュフローに余裕が生まれ、送金コストも抑えられるようなサービスを提供することができます。さらにJR西日本ならではのサービスを組み込み、BtoB領域でも「Wesmo!」を拡大していきたいと考えています。
キャッシュレスの広がりとともに個人間送金も世の中に浸透してきています。現在、構想中ではありますが、JR西日本ならではの活用シーンとして、親が子どもへ交通費を「Wesmo!」で送金し、ICOCAにチャージといった使いかたを広げていきたいと考えています。現在のICOCAへのチャージはクレジットカードや券売機、ATMなどに行く必要があります。一方、「Wesmo!」の送金機能があれば、クレジットカードを持たない子どもも、駅やコンビニに行かずに、親から交通費を「Wesmo!」で受け取り、ICOCAにチャージができるようになります。
これは一例にすぎませんが、自社にしかない価値あるサービスを提供することで、他社サービスと差別化を図り、より多くのお客様に選ばれる決済ウォレットサービスへと成長できると思っています。

鈴木
私も子供のICカードへのチャージを少し面倒だと感じることがありますが、家族内送金が手軽にできれば確かに便利ですね。BtoB送金も、今後は企業のDXと並行して間違いなく増えると思います。BtoB送金はTISとしても力を入れている領域なので、将来的にTRAILBLAZERさんと何か一緒にできることがあれば面白いですね。

鈴木

遠山
そうですね。将来的に一緒にプロジェクトを進める機会があれば、楽天時代の鈴木さんの推進力や突破力を近くで見ていた自分としては、心強いです(笑)

遠山
決済ウォレットによる資金移動が新しい”価値提供”につながる一方で、やはり自社のアセットを活用するアプローチも重要になると思っています。JR西日本グループには、新幹線やビジネスホテル、旅行会社といったグループアセットがあります。これを活用すれば、個人の移動や旅行の体験を決済以外の関連サービスと連携し、シームレスに提供していくことも可能だと考えています。
また事業者向けには、従業員の出張旅費や交通費の決済に関して大きな強みを持つ施策も打ち出せます。特に従業員が使う経費関連の決済やそれに付随する決済サービスを提供することで、出張の申請や移動、宿泊に関する予約、支払いといったプロセスをシームレスにつなげ、シンプルで効率的な”価値提供”を簡単に実現できます。会計SaaSを展開するさまざまな事業者が自社の得意な領域でサービスを打ち出す中、交通インフラのアセットを持つJR西日本のウォレットサービスは、経理事務を簡素化する新しい価値を打ち出すことができます。
もう一つ、JR西日本ならではのアセットとして、鉄道を基盤とする「移動データ」があげられます。このデータを活用し、ユーザーの行動パターンを把握することで、個々のユーザーに最適なキャンペーンやCRM施策を打ち出すことができます。また、「移動データ」と「決済データ」を掛け合わせた施策を打ち出すことで、お客様に便利で、お得な情報を届けることができます。そして、加盟店様にも新たなお客様を誘導し、売上に寄与することができるのではないかと考えています。

鈴木
私も「移動データ」を共有できることは、決済サービスにおいて大きなイニシアティブにつながると思います。今は飲食業や小売業でも、DXで店舗の価値を高める取り組みが増えています。将来的には、「移動データ」を活用した人流解析や移動販売が進み、それが買い物代行サービスなどに活かされるかもしれません。「移動データ」や「購買データ」をはじめとする情報アセットは、少子高齢化による顧客ニーズの変化に対応するための重要なキーワードで、決済ウォレットサービスではこうしたデータをどう活用していくかが問われるでしょう。
TISにも「キャクシル」という顧客行動を可視化するサービスがあります。これは、スマホアプリを経由して、決済や行動履歴といったさまざまな顧客データを取得します。そのデータを元に分析を行い、企画・マーケティング施策などに活用することができます。まさに、お客様(キャク)を「知る(シル)」ためのサービスですね。こうしたサービスを活用することも、顧客ニーズへの迅速な対応や、業務のDX化には有効といえます。

遠山
現在(2024年12月時点)は自動改札に交通系ICカードをタッチして電車を利用するのが一般的ですが、将来的には改札がなくなり、運賃の決済方法が変わるかもしれません。しかし人の移動が続く限り、鉄道がなくなることはなく、そこには必ず決済が必要になります。移動と決済が紐づいたJR西日本のアセットは、将来に渡り決済ウォレットサービスの大きな強みとなります。

3.決済ウォレットサービスによる波及効果とDXの推進

-決済ウォレットサービスは、企業の協業、DXの契機となるか

遠山
企業のDXは、決済を基点として進められることも多く、決済ウォレットサービスは企業のDXを進める契機にもなり得ます。例えば、先ほどお話した交通インフラのアセットを活用できる決済ウォレットサービスであれば、企業は社員の出張時の新幹線やホテルの予約、現地での移動、その決済をすべてデジタルでシームレスに管理することが可能になります。仮払いや出張後の精算もスマートフォンで完結し、業務効率は大幅に向上します。このような業務の効率化が浸透し、当たり前のこととして定着することこそが、DXの本質です。そう考えると、使い勝手の良い決済ウォレットサービスは、企業DXを推進する重要な契機となるのです。
他にもウォレットアプリを起点にした自治体と交通事業者との連携により、移動と決済をシームレスにつなぐMaaSの実現も期待できます。また、ウォレットアプリをタッチポイントにした観光客向けのマーケティングが可能になり、観光地での移動や決済の利便性向上は、地域経済全体の活性化につながります。加えて、事業者にとっては、決済ウォレットサービスを導入することで、事業資金の移動と請求・決済業務のデジタル化を同時に進めることが可能です。特にBtoB決済の分野においては、BPSP(Business Payment Service Provider)による請求と決済のDX化、法人カードとの連携等、DXを大きく推進させる可能性があると考えています。

鈴木
「移動」と「決済」が紐づく決済ウォレットサービスは、旅行や観光、出張、イベントとの相性もよいので、訪日外国人が気軽に利用できるサービスになれば、インバウンド対策としても大いに期待が持てます。
また、請求書サービスや法人カードが契機となり、企業のDXも大きく進むと考えられます。決済ウォレットサービスには個人の便利さから、社会の便利さまでを大きく変える力があり、地域経済をより良い方向へと変えていってくれると思います。

遠山氏と鈴木

6.今回のまとめ

✓TRAILBLAZERでは、DXやデータサイエンス、マーケティング、FinTechの専門知識とスキルを持つ決済
 とデータ分析のエキスパートが、デジタルアセットを利用するさまざまなプロジェクトを支援する
✓決済ウォレットサービスへの新規参入には、ユーザーへの新しい”価値提供”が重要
✓決済ウォレットサービスは、企業のDXや協業の契機になり得る

取材日:2024年10月09日

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