ソニーのスマートウォッチ「wena 3」は、ディスプレイや通信機能などをバンドのバックル部分に搭載することで、デザインの自由度が向上した。従来モデルと同じくFeliCaに対応しているが、今回は待望のSuicaにも対応した。進化したポイントやSuica対応の秘密を聞いた。
腕時計のバンド部分にスマートウォッチとしての機能を搭載することで、本格的なアナログ腕時計をそのまま利用できるソニーの「wena」シリーズ。第1世代の「wena wrist」、第2世代の「wena wrist pro/active/leather」に続き、今回登場した第3世代の「wena 3」は、より大きくなったディスプレイをバンドのバックル部分に搭載。スマートウォッチとしての機能をバックルに集約させることで、デザインの自由度が向上し、さらにユーザー待望のSuicaにも対応した。
日常生活でもますます活躍が期待できる、進化したwena 3の魅力を、開発に携わった3氏に語ってもらった。
バックル部にスマートウォッチ機能を集約し、デザイン性が向上
wena事業室 統括課長の對馬(つしま)哲平氏が、発案/責任者として学生時代からの構想を実現する形で事業化し、2016年に発売された「wena」シリーズ。従来モデルは腕時計のバンドの各パーツの中に、基板やバッテリーなどを分散させて入れ込んでいたが、wena 3では部品をバックル部分に集約させたことで、デザインの自由度が大きく高まった。wenaシリーズは時計メーカーとのコラボ製品をリリースしているが、時計メーカーは時計本体の盤面だけでなく、バンド部分もデザインできるようになる。
また、スマートバックル部分を時計メーカーに提供することによって、時計メーカーが簡単にスマートウォッチを作ることができる。スマートウォッチを開発する場合、ハードウェアだけでなくアプリやサーバ、カスタマーサポートも用意する必要があるが、wena 3を採用すればそれらをショートカットできるのがメリットだ。
「餅は餅屋で、時計メーカーさんにはご自身の伝統的なクラフトマンシップを追求していただき、われわれソニーがスマートウォッチに必要な要素を提供することによって、Win-Winな関係を築くことができると考えています」(對馬氏)
バックル部分には大画面のモノクロ有機ELディスプレイを搭載した。従来は電話の着信や通知を2行で表示する程度だったが、今回はタッチパネルになり、上下左右に動かしてさまざまな情報を表示できるようになった。例えばスケジュールを表示したり、通知をさかのぼって表示させたりと、一般的なスマートウォッチと同等の使い勝手を実現した。
「薄さ」と「装着感」にこだわったバックル
バックル部分は最薄部が6.9mmと非常に薄く、装着感を高めるためにカーブしている。このカーブは腕時計メーカーのデータに基づき調整しているため、手首のフィット感はすこぶる良い。バックルに部品を集約したことで、バンドのパーツに部品を入れる必要がなくなり、小さなコマのパーツを使えるようになったこともフィット感を向上させている。
その反面、カーブした本体に基板やFeliCaを含むチップ、アンテナなどを搭載するには苦労があったと對馬氏は振り返る。
「無駄な隙間ができないようにバッテリーやディスプレイ、ガラスもカーブしたものを採用しています。外装だけでなく基板も全て自社で設計していて、パズルを埋めていくように搭載密度をぎゅっと高めました」(對馬氏)
中でもこだわったのがガラスだ。ガラスはスマートフォンでも使われている強化ガラスを採用。カーブしたガラスの両サイドにはフレームのように金属の部品がはめ込まれている。これをはめ込むためにガラスに段差を設けており、非常に複雑な形状をしている。
「ガラスを曲げるのは難しく、グラファイト型を20個ほど使い、超高温で徐々に曲げていきます。さらに両脇に段差も付けるので3次元的な作りになっています。コストがかかり、実はwena 3の中で最も高い部品になります」(對馬氏)
wena 3はバンドの素材別に「wena 3 metal」「wena 3 leather」「wena 3 rubber」の3タイプがあり、metalにはシルバーとブラック、leatherにはブラウンとブラックのカラーバリエを用意。rubberのブラックを含め、5つから選ぶことができる。
従来モデルはmetalとrubberを提供してきており、wena 3も一番人気はmetalだという。しかし、腕時計において革バンドは定番で人気も高い。ユーザーが時計のヘッドに合わせてバンドも選べるようにバリエーションを増やした。
ハードウェアとソフトウェアを独自開発して低消費電力を実現
便利なスマートウォッチでも、バッテリー稼働時間が短く、頻繁に充電が必要だと魅力は半減する。wena 3の連続稼働時間は約1週間(※)。小型ながらも、コマのパーツより大きなバックル部分にバッテリーも入れることで、従来モデルよりバッテリー容量は大きくなり、使い方によっては10日間前後利用できるという。
※画面デザインを「ノーマル」に設定し、常時スマートフォンと接続状態、心拍センサー常時オン、1日あたりの画面点灯時間30分、輝度5の場合
長時間稼働を可能にしているのは、超省電力チップと独自OSだ。OSからソフトウェア、ハードウェアまで一貫して開発することで、省電力の調整が容易にでき、高いスタミナにつながっている。
「wenaシリーズは、省電力を実現できる部品を自分たちで1つ1つ選定しています。スペックでは他のスマートウォッチに及ばないところもあるかもしれませんが、望む機能を十分利用でき、かつオーバースペックにならない部品を選定し、バッテリー持ちを最大化しています」(對馬氏)
大きく表現力が豊かになったディスプレイでも、省電力を意識している。16階調のグレースケールで表示しているが、「白を多用すると表示輝度が上がって電力を消費しがちになるので、できるだけ黒の非点灯部分が多くなるようにしながらも、各機能が一目で分かるようなUIを目指しました」とwena事業室の鎌田秀和氏は話す。
UIは社外のデザイン会社の手も借りて一緒に作り込んだ。さまざまな機能にできるだけ少ない動作でアクセスできることを重視しながら、一覧性が高くシンプルなUIを設計した。
健康管理に役立つ機能も進化
wena 3ではフィットネス機能も充実している。歩数や消費カロリーに加え、最大酸素摂取量(VO2 Max)や4段階の眠りの深さ、ストレスレベルやエネルギー残量(Body Energy)も計測できるようになった。
一般的にはVO2 Maxを計測するには激しい運動を必要とするが、wena 3はソニー独自のアルゴリズムにより、歩行時の心拍数の上がり具合からVO2 Maxを推定。年代と性別に合わせて7段階で体力の状態を確認できる。
心拍数は「デュアル光学式心拍センサー」を用いてより正確に計測できるという。光学式心拍センサーは手首に緑色LEDを照射し、血流によって変化するヘモグロビン量を計測することで心拍数を算出する。しかし、手首や指の動きの影響を受けてノイズが発生することがある。 wena 3は赤色LEDが筋肉の動きをキャッチし、そのデータを緑色LEDでキャッチしたデータから除去することで、正確な値を計測する。
「wena 3は今のところ、ハードなスポーツ時に使っていただくような製品にはなっていませんが、rubberモデルは時計本体を簡単に取り外すことができ、スマートバンドのように使うことができます」(對馬氏)
Amazonの「Alexa」も搭載し、wena 3のボタンを押して話しかけるだけでさまざまな情報の確認や家電のコントロールが可能だ。スマートロックの「Qrio Lock」、紛失防止機能の「MAMORIO Inside」にも対応し、スマートフォンを取り出さずにQrio Lockの解施錠ができる。万が一wena 3を紛失した場合、MAMORIOの機能でどこにあるかを確認できる。
TISの決済ソリューションでSuica対応を可能に
モバイル決済機能で「Suica」に対応したことも大きなトピックだ。従来モデルもFeliCaを搭載し、おサイフリンクアプリを利用して楽天Edy、iD、QUICPayといった電子マネーに対応していたが、wena 3ではwenaアプリでSuicaの発行やチャージなどが行える。
Suicaに対応できるようになったのには、外的要因と内的要因があるという。
外的要因の1つは、おサイフケータイの機能を提供しているフェリカネットワークスのモバイルFeliCaプラットフォームが、ウェアラブル端末にも拡張されたことだ。
ただ、wena 3からモバイルFeliCaプラットフォームに接続するために必要となる中間のサーバは、ソニー側で作れるものではなかったという。「高いセキュリティ要件があり、専門的なノウハウが必要でした」と鎌田氏は振り返る。
そこで、デジタルウォレットサービスを提供しているTISとパートナーを組んだ。TISがウォレットサーバを立ち上げたことで技術的に対応できる準備が整った。このウォレットサーバはフェリカネットワークスのモバイルFeliCaプラットフォームとつなぐためのゲートウェイに位置付けられる。
FeliCaの指定している高い技術要件を満たし、サービスを提供する上での厳しいセキュリティ要件を担保するために、今回のwena案件についてはPCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard)を取得したプラットフォームでサービスを実現しています。TISのSDKを使ったデバイスしかウォレットサーバに接続できないという制約で、モバイルFeliCaプラットフォームとの接続を確立し、FeliCaの各種データをwenaのアプリに渡すという仕組みです」(TIS DXビジネスユニット DX営業企画ユニット DX企画部 エキスパートの久保田恭介氏)
wenaの接続先を限定することで外部へのデータ漏えいを防ぎ、セキュリティを担保する。通信を暗号化することに加え、データ自体も高いセキュリティ仕様で担保している。LCM(ライフサイクルマネジメント)システムも提供し、ユーザーが万が一、wena 3を紛失した際に遠隔でデータを消去するといった対応もTISが担っている。
wenaのアプリで決済サービスの設定ができるのはSuicaのみだが、他の決済サービスへの対応については、互いに協議しながら進めていくという。
高いアンテナ性能を実現するのに第3世代モデルまでかかった
一方、内部要因は大きく2つある。まずはハードウェア。Suicaに対応できずとも、初代のwena wristからFeliCaを搭載し、金属ボディーの中にアンテナを作り込み、通信する技術を蓄積してきた。Suicaに対応するには、改札にかざしたときに、素早く、誤作動なく反応する高い基準を達成する必要がある。「それが実現できるようになるのに第3世代モデルのwena 3までかかったということです」と鎌田氏。
FeliCaのアンテナは心拍センサーの裏に配置されている。wena 3は基本的に左手に着けるので、改札の読み取り部分と逆になるが、若干離れていても反応するように配慮している。
もう1つはソフトウェア。モバイルFeliCaプラットフォームへの対応にあたり、wena 3では新たに、NFC Type A/B/F(FeliCa)の全てに対応する国際規格に準拠したFeliCaチップを使っている。
「あまり知られていないのですが、実はwena wrist pro/wena wrist activeは海外で展開していて英国で販売しています。その際に国際規格に対応したチップを使って、英国向けに決済機能を開発しました。そこでソフトウェア的な知見が高められ、培ったノウハウをwena 3で活用しています」(鎌田氏)
「Suicaの機能については特に大きな問題は発生しておらず、TISさんには非常に品質の高いものを提供していただいています」(對馬氏)
ガジェット好きから嗜好を大事にする人まで幅広い人におすすめ
Suicaへの対応やフィットネス機能の拡充で、一般的なスマートウォッチと同等の機能を提供できるようになったwena 3。ビジネスパーソンはもちろん、健康に気を遣う人など幅広いユーザーにアピールできる製品に進化した。
wenaシリーズは時計のヘッド部分は一般のアナログ腕時計そのものなので、時計好きやファッションに気を遣う人にも受け入れられるアイテムだ。
「腕時計は洋服や靴、メガネのように、自分の嗜好(しこう)を大事にする商品。スマートフォンやPCのように、数社に集約される世界にはならないと思っています。時計メーカーさんと一緒に、スマートウォッチ、腕時計だけじゃない、第三の選択肢を提供していきたいですね」(對馬氏)
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