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お金だけじゃない?インセンティブデザインとは

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こちらのコラムを開いてくださり、ありがとうございます。

2019年の10月よりTISにてデザイナーとしてコンセプトデザインを担当している伊藤 淳です。TISでは従来のクライアント受託型のB to Bサービスに加え、B to Cや、B to B to Cなどエンドユーザーの体験価値を意識し、パートナー企業様と協業しながら提供価値を高めていくサービスにも力を入れ始めています。 パートナーと協業していく上で、いくつかある大切な要素のひとつにビジョンがあります。協業したその先に自分たちが創り出したい世界観を表出化し、パートナーの強みとTISの強みを掛け合わせベクトルを合わせて進んでいく方向を示す“北極星”のような役割がビジョンです。

私がデザイナーとして、担当しているコンセプトデザインとは、
・なぜやるのか?
・なぜつくるのか?
・何をつくるのか?
・会社としてどこにむかうのか?

これらの問いかけを繰り返し、アウトプットとして

・ビジョン
・コンセプト、アイデア
・イシュー(課題、問題、論点、受け手の関心ごと、インサイトなど)
・センスメイキング
を導き出す役割を担っています。

●インセンティブとは?

さて、前置きが長くなりましたが、今回はto C向けの新サービスを成功する上でとても重要な『インセンティブ』についてお話しします。

そもそもインセンティブとは何なのか?weblio辞典では「インセンティブとは、意欲を引き出すことを目的として外部から与えられる刺激のこと。インセンティブは、ビジネスシーンにおいては目標やノルマを達成した際に支給されるボーナスや報奨金という意味でよく用いられている。そのため、インセンティブの語は成果報酬と捉えられることが多い。」と記されています。ここで私が記述するインセンティブとは、端的に「サービスを利用し続けたくなる動機を与えるためにユーザーが受ける恩恵や報酬」と定義します。

このインセンティブのデザイン(設計)が何故重要なのでしょうか?

例えば地域住民同士をマッチングさせ、地域の困り事を解決するサービスを始めたとします。このサービスを使うユーザーは①困りごとを抱えている人 ②困りごとを解決したい人の2パターンに分かれるとしましょう。ユーザーがこのサービスを使うインセンティブは、“①困りごとを抱えている人”にとっては、地域の誰かが自分の困り事を解決してくれる事そのものです。では、“②困りごとを解決したい人”にとって、このサービスを使いたくなる動機づけを与えるインセンティブは何なのでしょうか?

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仮に、“②困りごとを解決したい人”へのインセンティブが無かった場合、何が起こるのかは容易に想像がつきますよね。“①困りごとを抱えている人”を助けたい人には全く利用されずユーザーが不足してしまいマッチングできず、この地域の困り事を解決するというサービスは成立しなくなってしまいます。

このように、サービスに関わる全てのユーザーに使いたくなる動機を与えるインセンティブデザインができないと、サービスの成功の要否を分けてしまうと言っても過言ではないのです。

●動機(モチベーション)の元となるインセンティブ

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それでは、前述のサービス例で“②困りごとを解決したい人”がこのサービスを利用したくなる動機づけを与えるインセンティブとは何が考えられるでしょうか?
それを考える為には、まず人の動機付け(モチベーション)について詳しく理解する必要があります。

人の行動を決定するモチベーションには大きく分けて2つの分類があります。(*1)

①外発的要因(個人の外部に存在する報酬)
・身体的脅威
・金銭的報酬
・社会的報酬

②内発的要因(個人の内部にある目標から生じるもの)
・プロの誇り
・義務感や正義感
・難解を解く楽しさ
・大儀への忠誠心
・身体を動かす喜び
・誰かに喜んでもらう達成感

一番分かりやすいのはお金や、交換可能ポイント、割引などの『金銭的報酬』ですよね。前述の“②困りごとを解決したい人”は、誰かの困り事を次々に解決していくとどんどんお金が溜まっていくわけです。これでユーザー数も増えてこのサービスも万事OKかと言うと実はそうでもない、と言うのがこのコラムの本題になります。

●影響を与え合う外発的モチベーションと内発的モチベーション

サービスのユーザーへのインセンティブデザインにおいては、お金が儲かるとか、お得になるなどの“金銭的報酬”を与えるだけでは上手くいかないケースがあります。例えば、隣の家のお婆さんが家の電球を交換できずに困っていて、それを手伝ってあげたら千円を貰えるとしたらどうでしょう。殆どの人は、「いや、お金は結構ですよ。」と言って帰りませんか?
この場合の“電球を交換してあげる”行為は内発的モチベーションから生じているので、その行為に対して外発的モチベーションである金銭的報酬を与えても人は受け付けないのです。
このような、内発的モチベーションが働く行為に対して、金銭的モチベーションを与えるようなインセンティブデザインにしてしまうと逆効果が生じるケースが発生します。この現象は学術的には『クラウディング・アウト』という名前が付けられています。

このクラウディング・アウトを証明した興味深い事例を2つご紹介します。

1つ目の事例は、1997年にチューリッヒ大学のブルーノ教授が発表した論文(*2)の内容で、難解なパズルを学生に解かせるという実験を行いました。そのパズルを解く学生に対し、金銭的報酬を与えたグループと与えないブループに分けて成績を集計した結果、驚くことに金銭的報酬を与えない学生グループのほうの成績が高かったのです。
何故このような結果になったかと言うと、金銭的報酬を与えていない学生は、「純粋に知的挑戦を楽しむ」という内発的モチベーションが強くはたらきパズルを解く意欲が高かったのです。その一方で金銭的報酬を受け取っていたグループは、「難しいパズルを解くという作業内容に対し受け取る金額が少ない」と感じ、本来ある内発的モチベーションによって難解を解き明かすという意欲そのものが削がれてしまったのです。 このように、内発的モチベーションが外発的モチベーションにより押し出される(クラウディング・アウト)現象として証明されたのでした。

2つ目の事例は、2000年にカリフォルニア大学のウリ教授とミネソタ大学のアルド教授が発表した論文(*3)の内容で、保育所の保護者の迎え時間の遅刻問題を解決する実験です。ここでは保育所の子供を迎えに来る親が、閉園時間を過ぎてしまう事例が多発していた事に対する解決策として、遅刻した際に罰金を徴収する実験を行いました。
この実験結果も驚く事に、罰金の徴収を始めた後のほうが、遅刻する親が増えてしまったのです。こちらの事例では、罰金が無い時は、「保護者が保育所に迷惑をかけたくないからなるべく早く着くように努力する」という内発的モチベーションが罰金をとる事で、「お金を払えば遅刻しても大丈夫」という外発的モチベーションにクラウディング・アウトされてしまったのです。

●人は必ずしも合理的な判断をしない

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クラウディング・アウトの2つの事例でも挙げたように、人の行動は必ずしも合理的な判断をするわけではありません。経済学の理屈で考えると、合理的には1つ目の事例では金銭的報酬を受け取ったグループのほうが成績は良くなり、2つ目の事例では罰金を嫌がり遅刻をする人が減るはずです。
このような人の不合理さを研究し、心理学や社会学、神経科学、進化生物学などの知見を従来の経済学に融合させ、人間のリアルな経済活動を解き明かす学問として近年、行動経済学が注目を浴びています。

話を“地域の困り事を解決するサービス”の例に戻しましょう。“②困りごとを解決したい人”がサービスを使いたくなるインセンティブデザインを行動経済学的知見から改めて考えてみます。例えば身近な人を助けたいとか、誰でもできる軽度な地域ボランティアのようなサービスには内発的モチベーションのインセンティブを与えます。逆に介護福祉や高い技術を要する作業には外発的モチベーションのインセンティブを与えるようにそれぞれ使い分けるようなデザインをしていく必要があります。

●TISのデザイン

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どのようなインセンティブデザインをしていくかを決定づける要素は冒頭で説明したビジョンによるところが大きいのです。ビジョンが地域経済の活性化のような経済資本重視に向いていれば、インセンティブデザインは金銭的報酬でも良いでしょう。逆に人のつながりやコミュニティ作りなどの社会関係資本重視に向いていれば、共感や達成感を与えるようなデザインをしていきます。コンセプトデザインとは、その下流工程である、サービスデザインやビジネスモデル、本稿で説明したようなインセンティブデザイン、さらにはUX/UIデザインにも影響を与える要素である“ビジョン”を表出化するとても重要な役割を担っています。

TISのデザインは、顧客起点・社会課題起点で物事を考え本質を捉えたうえで、そのサービスを使う人の気持ちやステークホルダーの価値をより深く理解していきます。我々が提供するサービスやテクノロジーが、未来に鮮やかな彩りをつける存在となるように導くための道標を創り、プロジェクトに意味を与える創造的な計画・設計を実施していきます。

それでは、どこかの機会で私たちがデザインしたコンセプトやビジョンと共鳴するパートナーとともに、社会の願いを叶えるアウトプットが出せる事を楽しみにしています。

引用文献 (*1) Michelle Baddeley (2017) BEHAVIOURAL ECONOMICS
(*2) University of Zurich
Bruno S. Frey(1997)Not just For the Money:An Economic Theory of Personal Motivation Chelthnham, UK and Bookfield,USA,Edward Elgar Publishing.
Bruno S. Frey and Reto Jegen(2001)”Motivation Crouding Theory,”Jounal of Economic Surveys.Vol.15,No.5,pp.589-611
(*3) Uri Gneezy University of California and Aldo Rustichini University of Minnesota (2000)
A Fine is a Price:Journal of Legal Studies, Vol. 29, No. 1, January 2000

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