コラム Column

インドネシアCity Wide MaaS (Mobility as a Service)の挑戦

maas

前回のコラムでは、インドネシア首都ジャカルタの課題と新たな交通サービスの取り組みについてご紹介しました。

コラム画像

新興国の公共交通機関の現状と課題 ~インドネシア・ジャカルタを事例に解説~

今回は、現地でどのような進展があったのかについてご紹介します。

●この1年間の動き

・Jaklingko設立

ジャカルタはインドネシアの首都であり、行政区における人口はおよそ1,100万人。周辺地域を含めた経済圏の人口は3,400万人にも及ぶ東南アジア最大の都市です。
(世界最大の都市圏人口は東京首都圏で約3,800万人(2020年時点)。ジャカルタはそれに次ぐ規模です。)
このような大都市であるにもかかわらず公共交通の整備は遅れており公共交通分担率(※)は20~25%と言われています。
この公共交通分担率を2029年に東京並みの60%に引き上げることを目標に、現在各社ごとにバラバラな交通サービスを統合する機関としてJaklingkoは設立されました。
(※)利用されている全ての交通手段のなかで公共交通手段が占める率のこと。東京都の公共交通分担率は約59%

Jaklingkoが推進する施策は以下の3つです。
①Physical Integration(物理的統合)
  各交通機関の接続の改善を目的とした施設の建設、改築などを行います。

②Operation Integration(オペレーション統合)
  サービスや時刻表の統合、運行ルートの見直し、情報の統合から構成されています。ジャカルタエリアの80%をカバーすることなどが目標とされています。

③Tariff and Payment System Integration(運賃とシステムの統合)
  今まで乗り換えごとに徴収されていた運賃を全交通機関で統合し、利用者の負担を軽減する施策です。

 このうち、Tariff and Payment System Integration(運賃とシステムの統合)については利用者への直接的影響が大きいため、現地では実現に向けて大きな期待がされています。

インドネシアでは通勤交通費は従業員が負担することが一般的で、その割合は家計全支出の30%に及ぶとの試算もあり大きな負担となっています。政府は公共交通の運賃に上限を設けることで、この負担を大きく軽減するとともに、自家用車から公共交通へのモーダルシフトを促そうとしています。
具体的には一定時間内であれば何度乗り継いでも運賃上限をRp.10,000(※日本円にすると90円(2022年7月4日時点でのレートで算出))にするというものです。

この施策を実現するためには、各交通事業者との折衝と統合運賃収受システムが必要となります。Jaklingkoは、各交通事業者との折衝に専念し、統合運賃収受システムの構築は入札により決定されました。

入札は2020年末からマーケットサウンディング、Request for Information(情報提供依頼書)、Request for Proposal(提案依頼書)と段階的に具体化されました。マーケットサウンディングには全世界から約80社が集まってきましたが、最終的にはJATeLコンソーシアムがこの案件を落札しました。

JATeLコンソーシアムは、現地企業のPT. Jatelindo Perkasa Abadi (Jatelindo)、PT. AINO Indonesia (AINO)、フランス企業のThales、Lykoの4社からなる共同事業体です。
このうちAINOはTISが2018年から資本業務提携を行っており、さまざまな技術協力を行っています。

プレスリリース:TIS,交通決済領域に強みを持つインドネシアのベンチャー企業「AINO」に追加出資

・サービスの開始までの3つのフェーズ

サービスは大きく3つのフェーズに分けてリリースされました。

Phase1:
  Jaklingko AppのリリースとCCH(Central Clearing House:交通事業者間の資金清算を行う)機能のリリース

Phase2:
  MaaSサービスのリリース

Phase3:
  ABT(Account Based Ticketing)の完成

プロジェクト開始から約半年でPhase1のリリースを迎えるという、かなりタイトなスケジュールではありましたが、プロジェクトメンバーの努力によって形にすることができました。

——————-

2021年8月31日、ジャカルタ副州知事が視察を行った時の様子

副知事の視察

この視察では、1つのQRチケットで複数の交通機関を跨って利用できる機能が確認されました。また、副州知事からは以下のようなコメントが出されています。
「スマートフォンのQRコードをかざすだけで4つの交通機関に乗車できた。ジャカルタ市民は統合されたチケットサービスを簡単かつスピーディーに利用でき、移動をより簡単に楽しむことができる。」
——————-

さらに、2021年9月29日、グランドローンチセレモニーが開催されました。ここにはインドネシア運輸省大臣、国営企業省大臣、ジャカルタ州知事が出席されJaklingkoアプリの発表が行われました。

セレモニー

(右下写真は左からインドネシア国営企業省大臣、同運輸省大臣、ジャカルタ州知事)

——————-

Phase2「MaaSサービス」開始に向けては、2021年12月30日にGrab、Jaklingko、コンソーシアムメンバーであるJatelindo、AINOの4社間で戦略提携が発表されました。

その後急ピッチで開発が進められ、2022年6月22日GrabをパートナとしたMaaSサービスのリリースセレモニーが行われました。

現在は最終段階であるPhase3(Account Based Ticketing)リリースに向けた準備が進められています。

NFB(Non Fare Box Business)の企画とローンチ

NFB(Non Fare Box Business)とは、運賃からの収益ではなく他のサービスと掛け合わせたビジネスモデルのことです。
Jaklingkoサービスは、自前のAppをリリースし、ジャカルタ及び周辺地域を中心に100万~200万人の利用者(≒ダウンロード)を見込んでいます。
この顧客基盤を活用し、更なる利便性向上、獲得収益の利用者還元を目的としたNFBの企画も同時並行で進められています。

そのいくつかについて、ご紹介します。

●Park and Ride

ジャカルタ中心部へ通勤する人を対象に、最寄り駅の駐車場(主にバイク駐輪場を想定)の予約と支払い、公共交通機関のチケット購入を一度にできるサービスです。
自家用車(バイク)での通勤から公共交通利用を促すための施策です。

park-and-ride

●Tourism Ticket

遊園地、動物園などのアミューズメント施設の入場チケットと、そこに至るまでの公共交通チケットを一度に購入できるサービスです。
新しく建設された8万人を収容できる競技場ともタイアップし、公共交通を使った目的地への移動を促す施策となっています。

turisum-ticket

●データ利活用

移動情報を利用者の許諾を得たうえで分析し、新しい都市の開発や公共交通サービスの利便性向上に役立てる計画です。
TISはASTARI(※)の機能をJaklingkoに埋め込み、より詳細な移動データを獲得する事を提案しています。
これらを含め12個の新規事業テーマが検討されています。

(※)ASTARIとは「生活・消費のビックデータを利活用し、カスタマーサクセスを実現するデジタルサービス」

City Wide MaaS の挑戦

Jaklingkoは、ジャカルタ市の全ての公共交通機関をカバーした統合運賃(割引運賃)を設定、さらに民間事業者であるGrabと連携した全市レベル(City Wide)のMaaSサービスです。
統合交通決済基盤
これだけの規模でMaaSサービスを提供するのはアジア地域では初めてであり、世界で最も進んだ事例の一つになります。
関係者の努力によりサービスは今年中に完成予定です。このサービスが利用者に受け入れられ、政策目標である2029年公共交通分担率60%が達成できるかが今後のチャレンジになります。
TISはJATeLコンソーシアムメンバーである出資先AINOを通じてこの政策目標実現に貢献すべく新たなサービス、ソリューションを提案する等、積極的に関わっていきます。
また、今回のプロジェクトで得られた経験値を同じ課題を抱える他都市に展開する動きも進めています。
統合交通決済基盤一覧
次回のコラムでは新たなチャレンジをお伝えできると思うので、楽しみにお待ちください。

※この記事が参考になった!面白かった! と思った方は是非「シェア」ボタンを押してください。