AIやIoTなどのデジタル技術の進歩によって、これまで人間が担ってきた単純な仕事は機械によって代替されつつあります。現在、我が国が抱える少子高齢化による労働人口の減少や、働き方改革の推進を背景とする従業員の多様な働き方の拡大に向け、今後はさらにデジタル技術を活用した業務の効率化が求められるでしょう。
近年はDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉も普及し始め、「最新のデジタル技術で人々の生活を豊かにする」取り組みが各業界で始まっており、経済産業省も「DXレポート」にてその重要性を語っています。そんなデジタル化した未来に向け、今注目さているのが「スマートストア」です。
今回はリアル店舗をデジタル化したスマートストアについて、海外の事例から日本の取り組み、今後の役割についても紹介いたします。
スマートストアとは?普及背景を紹介
スマートストアとは、最新テクノロジーをリアル店舗に導入し、業務効率を上げる取り組みをいいます。スマートストアによる恩恵は、消費者側と店舗側それぞれにあります。例えばAIやIoTの活用で顧客情報を収集することで、店舗側が消費者のニーズを把握し、各消費者に合った商品をリコメンドする事が可能になります。これにより消費者は自身に合った最適な商品を探しだせ、よりストレスフリーな購買が可能になります。店舗にとっては、顧客のニーズを把握出来る事以外にも、無人レジやキャッシュレス化によって、業務効率が上がり、限られた人材の中で最大の生産性を生み出せるのです。
では、スマートストアが普及した背景には何が要因となっているのでしょうか。ここでは2つの普及背景を紹介します。
消費者価値観の変化
インターネットの普及により、eコマースでの購買経験が増えた方は多いのではないでしょうか。いつでもどこでも欲しいものが手に入るようになった現代は、消費者の消費価値が変化しています。というのも、従来は商品自体の機能といった「モノ」へ消費価値が置かれていました。しかし人々の暮らしが豊かになり、モノ単体の機能では差別化が困難に。現在は、商品やサービスを通した、経験や体験などの「コト」に消費価値が置かれるようになったのです。
リアル店舗が提供する「コト」は、商品やブランド、接客、雰囲気などの「購買体験」にあります。たとえ今後、eコマースがさらなる拡大をみせたとしても、消費者が実際に商品を手に取る、従業員と会話するといった「コト」の提供は難しいでしょう。つまり、リアル店舗がeコマースとの差別化を図るには、より消費者が満足できるような購買体験の創出に注力しなければならないのです。その方法の一つが最新テクノロジーを活用した店舗のデジタル化、スマートストアになります。
OMOの登場と普及
eコマースを例に、リアル店舗に求められる価値を紹介してきましたが、オンライン上のサービスや施策は、必ずしも店舗にとって脅威になるとは限りません。むしろ、オンラインとオフライン(店舗)両方の活用がさらなる利益拡大につながります。オンライン(SNSやサイト)からオフライン(店舗への集客)へつなげる施策や取り組みを意味するO2O(Online to Offline)は有名な概念となっていますが、近年その先を行くOMO(Online Merges Offline)が登場しています。
O2Oはオンラインとオフラインを切り離し、別のものとして両者を活用していたのに対し、OMOはオンラインとオフラインの「融合」を意味します。消費者はオンラインとオフラインを行き来しながら、自身にとって最適な商品やサービス、有益な情報を受け取ることができます。つまり「購買」をゴールにした一つの消費者行動に対し、店舗運営者はリアル店舗さえも一つのメディアと考え、価値の提供をしていく必要があるのです。その理想形となるのがスマートストア。最新テクノロジーを活用した消費者の購買行動分析やアフターサービスなど、リアル店舗がオンラインと融合するには、デジタル技術の導入が欠かせないのです。
以上2つの背景がスマートストアの必要性を高めていますが、スマートストアは店舗側だけでなく消費者側にもメリットがあるのです。購買体験という「コト」を提供するにあたり、店舗運営者は消費者ニーズを常に把握しながらサービスを展開する必要があります。スマートストアは、オンラインでは把握しきれない消費者の購買行動をデジタル技術の活用でデータ化し、店舗運営に役立てるための一つの方法となります。
では、実際にスマートストアを体現している事例を見ていきましょう。
事例から見るスマートストア
DXをはじめ、デジタル技術を活用したサービスやイノベーションは海外企業が先行しています。ここではスマートストアの先駆けともいえる「Amazon Go」と、日本企業のスマートストア事例「トライアル」について紹介します。
Amazon Go
Amazon Goは、Amazon.comが運営する食料品店です。2018年1月22日に1号店がアメリカのシアトルにオープンすると、「レジの無人化」で多数の注目を浴びました。Amazon Goの出入り口には、消費者が事前にインストールしたアプリに表示されるQRコードを読み取る機器があります。入店時にQRコードを機器にかざし、会計は入店時に通ったゲートを通過するだけ。レジに並ぶことも会計に手間をかける必要もない、この画期的な技術は「ウォークスルー型」と呼ばれています。また、店内には複数のカメラが設置されており、消費者の動きを全て把握しています。
レジの無人化と聞くと、デジタル技術の活用は「省人化」を目的としたものと考えられますが、Amazon Goの副社長ジアンナ・プエリーニは「Amazon Goの目的は、人件費を浮かすためではない」と語っています。Amazon Goが提供するのは、カメラや無人レジなどの技術を利用し、消費者の購買データを集め活用した「ストレスフリーな購買体験」です。現代の消費者ニーズに応えたコンセプトといえますが、ポイントは購買データの収集。現在Amazon Goでは多店舗展開も始まっていますが、新店舗開設時にはこれまでの購買データを活用した店舗運営を行なっているようです。ネットショッピングAmazonでも、Amazon Goを通して得た購買データを参考に、消費者にとって有益な情報や商品紹介も提供できます。まさにオンラインとオフラインを融合させたOMOを体現する事例といえます。
トライアル
スマートストアへの取り組みは、上記で紹介したAmazon Go以外に、中国でも活発に進んでいます。そして近年、我が国でもリアル店舗のデジタル化が注目を集めています。小売・ソフトウェア開発を主な事業とする株式会社トライアルカンパニーが2018年2月、福岡県福岡市に展開した「スーパーセンタートライアル アイランドシティ店」です。Amazon Goとの大きな違いは、タブレットと買い物カゴが一つになったスマートレジカートと、ディスプレイによるプロモーションです。会計は、商品のバーコードをカートに搭載されているスキャナーに読み込ませ、レジスペースを通過するだけで、事前に現金をチャージしたプリペードカードから自動的に引き落とされる仕組みとなっています。タブレット端末には、おすすめの商品に関する情報やクーポンも表示されるため、大きな販促効果を生んでいます。
また同社は、店舗に足を運ぶ顧客のほとんどが、実際に商品を見るまで購入品を決めていない「非計画購買」であることに注目しました。商品棚の上には商品のCMなどを表示するディスプレイを、商品棚には消費者の行動に合わせ表示情報が変わる小型のディスプレイをつけることで、大きなプロモーションとなっています。
スマートストアのポイントは?
スマートストアが実現する購買体験や店舗運営については、ご理解いただけたかと思います。しかし事例で紹介したAmazon Goやトライアルのように、店舗の大部分にデジタル技術を導入するには多くのコストがかかるため、スマートストアの浸透には時間がかかるでしょう。ただし、消費者に提供する「購買体験」の質を高めることはできます。身近な例でいえば、店舗のキャッシュレス化です。ウォークスルー型ほどの技術を導入せずとも、キャッシュレスの推進で、会計時の手間やストレスは大幅に軽減できます。現在はQRコード決済など、店舗側の手数料を抑えたキャッシュレスも普及しています。今後拡大する、現金の扱いに慣れていないインバウンドの増加を考えても、店舗のキャッシュレス化は必須でしょう。
何よりも、消費者へのストレスフリーな購買体験の提供が、スマートストアの本質となります。店舗は単なる「省人化」を目的とするのではなく、消費者ニーズを汲み取ったキャッシュレスなどの導入が、スマートストアに近づく第一歩となるのです。
データの活用が「店舗」を変える
最新テクノロジーを活用したスマートストアですが、単にデジタル技術を導入すればいいわけではありません。重要なのは、デジタル技術を通して得られた消費者データの分析です。ストレスフリーな購買体験を提供し続けるには、消費者が何を店舗に求めているのかを把握する必要があります。そこで、消費者の店内行動や具体的な購買データを活用し「どんな消費者が、何を、いつ購入したのか」を統計的に分析。その結果、一人ひとりの消費者に合わせた商品や情報を提供でき、店舗デザインへも活用できるのです。
今回は具体的な事例を参考にスマートストアについて紹介してきましたが、導入するデジタル技術や、活用できるデータ量は膨大なため、スマートストアに正解はないといえます。ただしOMOの普及から、今後はオンラインと融合したリアル店舗の新しい「あり方」が次々と登場するでしょう。EC時代におけるリアル店舗の変化に遅れをとらないよう、まずはキャッシュレスなどの身近な「店舗のデジタル化」を導入してみてはいかがでしょうか。