MV画像 MV画像

コラム

海外金融機関はなぜトークン化に取り組むのか ——決済・担保・資産運用の視点から読む
海外金融機関はなぜトークン化に取り組むのか ——決済・担保・資産運用の視点から読むのイメージ
INDEX

「JPモルガンがトークン化担保を実用化」「ブラックロックがRWAファンドを立ち上げ」「シンガポールがProject Guardianを拡大」——海外の動向は断片的に耳に入ってきます。しかし「それが何を意味するのか」「日本の自社にとって何を示唆するのか」まで落とし込むのは容易ではありません。本稿では主要な海外動向を整理したうえで、決済・担保・運用の3領域で何が起きているのか、金融機関の実務への影響という視点で見ていきます。

1 大手銀行はなぜ「今」動いているのか——動機の構造

2023年頃から、JPモルガン・シティ・HSBC・DBS(シンガポール)などの大手金融機関が、トークン化関連の実用化・商業展開を加速しています。なぜ「今」なのか——その背景には3つの要因があります。

① コスト構造の問題が臨界点に近づいている

国際決済・証券管理・コンプライアンスにかかるコストは、主要金融機関において年間数兆円規模に達しています。低金利環境が続いた時期には利ざや収入で吸収されてきましたが、競争環境の変化とデジタルネイティブな参入者の台頭により、インフラコストの構造改革が急務になっています。

② 規制が「禁止」から「整備」へ転換した

米国・EU・シンガポール・英国では、デジタル資産に関する規制が明確化されました。法的不確実性が低下したことで、「実験」から「商業展開」へと判断を変える金融機関が相次いでいます。

③ ファーストムーバーアドバンテージへの意識

決済ネットワークや証券インフラは、一度標準として定着すると切り替えコストが極めて高くなります。この「ネットワーク効果」を先取りするために、JPモルガンやCitiが積極的に顧客獲得・エコシステム形成を進めています。

2 決済・送金領域——JPM Coin・Project Guardian・BLOOMが示す方向

JPM Coin:法人決済の実稼働事例

JPM Coinは、銀行が発行するデジタルな預金表現を用いて、法人間の資金移動やグループ内の資金管理を効率化するための仕組みです。ここで重要なのは、暗号資産としての投機性ではなく、銀行の既存顧客・既存預金・既存決済の延長線上で、営業時間外の資金移動や拠点間の資金管理を高度化しようとしている点です。

出典:JPMorgan Chase & Co.JPM CoinSM turns deposits into on-chain programmable, always-on digital money

Project Guardian:資産トークン化と機関投資家向け市場インフラの実証

Project Guardianは、シンガポール金融管理局(MAS)が主導する官民連携の取り組みで、債券、外国為替、資産運用などの領域において、資産トークン化の実用可能性とリスク管理を検証しています。金融トークン化の文脈では、単なる送金効率化ではなく、トークン化された資産をどのように発行・保有・移転・決済し、既存の金融規制や市場慣行と接続するかを考えるうえで重要な参照事例です。

地域主要規制・制作概要施行時期
米国GENIUS Actステーブルコイン発行体のライセンス・準備資産要件2025年成立
EUMiCA暗号資産の包括規制。消費者保護・透明性を重視2024年完全施行
シンガポールMAS規制枠組みイノベーション促進を重視し、規制サンドボックスを活用整備済み
日本資金決済法改正発行体を限定した制度設計や信託スキームを活用。主要国で先行整備2023年施行

BLOOM:トークン化された銀行負債・規制されたステーブルコインによる決済能力の拡張

BLOOM(Borderless, Liquid, Open, Online, Multi-currency)は、MASが2025年に開始した取り組みで、トークン化された銀行負債や、適切に規制されたステーブルコインを用いた決済能力の拡張を目指しています。Project Guardianが「資産側のトークン化」の実証・標準化を進める取り組みだとすれば、BLOOMは「決済資産側」の選択肢を広げる取り組みといえます。金融機関や企業財務にとっては、トークン化資産を何で決済するのか、既存の預金・中央銀行マネー・ステーブルコインとどう接続するのか、といった実務上の検討課題につながります。

日本の金融機関への示唆

コルレス銀行経由の外為送金は依然として2〜3営業日・高コストの構造が残っています。Project Nexusへの参加動向を注視しつつ、自行のクロスボーダー決済インフラの将来像を描く時期に来ています。

出典:Forbes JAPANステーブルコインが金融実験を超え、企業の重要インフラになる理由」(20262月)

3 担保・運用領域——機関投資家とRWAの急速な拡大

BlackRock BUIDL:2024年最大の象徴

2024年3月、世界最大の資産運用会社ブラックロックがEthereum上でトークン化マネーマーケットファンド「BUIDL」を立ち上げました。米国財務省短期証券などを裏付け資産とし、ファンド持分をトークンとして発行する仕組みです。 数週間で運用残高が5億ドルを超え、機関投資家からの需要の大きさを示しました。

出典:The Crypto TimesBlackRock Introduces Tokenized Fund BUIDL」(20243月)

フランクリン・テンプルトン:先行事例

フランクリン・テンプルトンは2021年からStellarブロックチェーン上でトークン化マネーマーケットファンドを運用しており、 2024年には運用残高が10億ドルを超えました 。スマートコントラクトによる受益権の移転・配当計算の自動化により、従来のファンド管理コストを大幅に削減しています。

出典:Franklin Templeton, “Franklin Templeton, Stellar Development Foundation Mark Five Years of Benji,” 2026; Franklin OnChain U.S. Government Money Fund product page; SEC filings.

実務への合意

これらの動きは「テクノロジー企業の実験」ではなく、世界最大の資産運用会社・銀行が収益モデルとして成立すると判断したうえでの商業展開です。機関投資家の資産配分・担保管理の手法が変わりつつあることを、金融機関の戦略担当者は直視する必要があります。

4 規制の「競争」が始まっている——米GENIUS Act・MiCA・MASを読む

金融分野のトークン化普及において、規制は「障壁」から「インフラ」に変わりつつあります。各国が明確な規制枠組みを整備することで、金融機関が安心して参入できる環境が整い、エコシステムの形成が加速するという構造です。

米国 GENIUS Act(2025年)

ステーブルコイン発行体に対して、準備資産の要件・ライセンス取得・監督体制を定めた法律です。「米ドル建てステーブルコインの国際的な地位を守る」という目的が明示されており、ドルの国際基軸通貨としての役割をデジタル空間でも維持しようとする戦略的意図が読み取れます。

EU MiCA(2024年完全施行)

暗号資産市場規制(Markets in Crypto-Assets Regulation)として、EU加盟国に統一的な規制枠組みを提供します。消費者保護・市場整合性・発行体の透明性を重視した設計で、EU域内でビジネスを展開する企業は国をまたいで同一の規制に対応できます。

日本の位置づけ

2023年の資金決済法改正により、日本はステーブルコインの発行・取扱に関する法的枠組みをいち早く整備した国の一つです。規制の国際競争という観点では、日本で発行されたトークンが、GENIUS Actが適用される米国市場や、MiCAが適用されるEU市場で扱えるか——という相互運用性の問いが実務的に重要になってきます。

この記事のポイント
  • 海外大手金融機関が動く背景には「コスト構造改革・規制整備・ファーストムーバー戦略」の3要因がある
  • 機関投資家によるRWA参入は実験段階を終え、BlackRock等が商業展開を本格化している
  • 規制は「障壁」から「競争インフラ」に転換しており、日本の規制環境の国際的な位置づけを把握しておく必要がある
まとめ

「海外の大手が動いている」という事実は、もはや対岸の火事ではありません。JPM CoinやBlackRock BUIDLは、世界の金融インフラが変わり始めていることの象徴です。日本の金融機関にとって重要なのは、海外で何が実用化され、規制環境がどのように整備されてるのか正しく理解することです。技術、制度ともに商用化に向けた動きが進む中、自社に関連する領域から検討を始めることが求められます。