コラム
金融トークン化は「業界全体の話」として語られることが多いですが、実際には業務領域ごとに実装の進捗・規制環境・実務上のインパクトが大きく異なります。不動産ファンド担当者にとっての関心事と、国際決済を担う銀行の企画担当者の関心事は同じではありません。本稿では代表的な5つの領域を表形式で整理し、自社に最も近いユースケースを見つけるためのヒントを解説します。
| 領域 | 主な改善効果 | 代表事例 | 国内状況 |
| 企業間決済・送金 | T+2→即時、手数料削減 | JPM Coin、USDC | メガバンク実証 |
| デジタル社債 | 発行コスト削減、決済自動化 | 世界銀行bond-i | 各社 |
| 不動産ST | 小口化、流動性向上 | RealT(米) | 複数案件稼働中 |
| 担保管理 | 日中移転、コスト削減 | JPM Onyx Repo | 実証段階 |
| 貿易金融 | L/C取引の移転、自動化 | Countor(香港:休止中) | 実証段階 |
1 企業間決済・クロスボーダー送金——最も実用化が進む領域
金融トークン化の中で最も実用化が進んでいるのが、企業間決済とクロスボーダー送金の領域です。JPモルガンが2019年に稼働させた「JPM Coin」は、現在グループ傘下の法人顧客間で 1日あたり10億ドル規模の取引 に使われています。ドル建てのトークン化預金として機能し、通常2〜3営業日かかるコルレス銀行経由の送金を即時化することに成功しています。
出典:日本銀行「海外における「預金のトークン化」の取り組みについて」(2024年6月)
USDCに代表されるステーブルコインも、企業財務の現場に浸透しています。特にスペースXをはじめとする多国籍企業では、為替変動リスクのある現地通貨での資金保有を避け、ドル建てのステーブルコインで資金を一元管理するキャッシュマネジメント手法が広がっています。
海外子会社への送金・資金プーリング・コルレス手数料の負担に課題を抱えている財務部門は、最初に注目すべき領域です。
2 デジタル社債——証券発行の効率化
トークン化債券(デジタル社債)の分野では、世界銀行・欧州投資銀行・シンガポール政府などが実際の起債に採用しており、証券発行の現場でも実用化が進んでいます。世界銀行が2018年に発行した「bond-i」はEthereumを活用し、発行から決済まで一貫してブロックチェーン上で処理した先駆例です。
出典:CoinPost株式会社「世界銀行、再びイーサリアムでブロックチェーン債券を発行 調達額は計115億円相当に」(2019年8月)
社債・CP発行を行う事業会社の財務部門、および社債引受・管理業務を担う銀行にとって、発行コスト構造の変化として捉えるべき動向です。
3 不動産・インフラファンド——流動性の低い資産の小口化
不動産は金融資産の中でも流動性が低い資産として知られています。売買には時間と費用がかかり、小口での換金もほぼ不可能でした。トークン化はこの制約を変えます。一棟のビルや再生可能エネルギー発電所を所有するファンドをトークン化することで、その持分を細かく分割し、多くの投資家が少額から投資できるようになります。
また、セカンダリーマーケット(流通市場)での売買も可能になるため、従来は「売りたいときに売れない」という問題があったオルタナティブ資産に流動性が生まれます。米国のRealTや国内の複数の不動産STプラットフォームがすでに稼働しており、物件の持分トークンをブロックチェーン上で取引できる環境が整いつつあります。
不動産ファンドの組成・運用を行う機関、または資産担保融資を行う銀行にとって、担保資産の評価・管理・流動化の新しい手法として注目すべき領域です。
4 担保管理——日中の資金効率を上げる
金融機関間でのレポ取引・デリバティブ取引では、担保として国債や株式を差し入れる業務が日常的に発生します。現状では、この担保の移転には最低でも数時間を要し、担保を差し入れている間は、その資産を他の用途に活用できません。
JPモルガンは自社の「Onyx」プラットフォームを活用してトークン化担保の即時移転を実用化しており、大手資産運用会社を含む外部との取引にも活用しています。 1日あたりの担保運用効率の向上によって、大手金融機関では数億円規模のコスト削減効果 が報告されています。
出典:JPMorgan Chase & Co.「Blockchain brings collateral mobility to traditional assets」(2022年7月)
5 貿易金融——信用状・船荷証券のデジタル化
貿易金融は、金融業務の中でも最も紙書類への依存が根強い領域の一つです。信用状(L/C)の処理には平均7〜10日を要し、その間に書類の誤記・紛失・照合ミスが発生するリスクがあります。ブロックチェーン上に信用状・船荷証券・検査証明書などを電子化して記録することで、関係者全員がリアルタイムで同じ情報を参照・承認できるようになります。
複数の国際的なプラットフォームが稼働実績を持っており、処理時間が数日から数時間に短縮された事例が報告されています。
- 金融トークン化は「業界全体」の話ではなく、領域ごとに実装フェーズ・実務インパクトが大きく異なる
- 最も実用化が進む決済・担保管理領域は、すでに大手金融機関で実稼働しているケースがある
- 自社の主要業務フロー(送金・発行・担保・貿易)のどれが該当するかを起点に検討を始めるのが現実的
金融トークン化は「金融業界全体を変える」というマクロな話でもありますが、同時に「自社の特定の業務フローを改善する」というミクロな実践でもあります。決済・社債・不動産・担保・貿易金融——それぞれの領域で実用化の進捗が異なり、参照すべき規制・事例・技術も変わります。本稿を出発点に、自社に最も近い領域から情報収集と検討を始めることをお勧めします。