コラム Column

新興国の公共交通機関の現状と課題~インドネシア・ジャカルタを事例に解説~

crowded-train

 コロナウイルスに対する対策が始まって1年余り、価値観やライフスタイルが大きく変化しました。その中で働き方の一つであるテレワークも定着してきたのではないでしょうか。
しかし、電車に乗ってみるとコロナ前よりは少なくなった印象はありますが、通勤通学時の電車内は混雑しています。(JR東日本列車混雑状況参照:https://www.jreast.co.jp/train-konzatsu/)
JR東日本は2021年3月15日からオフピークポイントサービスを開始し、利用者の分散を図ろうとしています。
このような通勤通学の交通手段が公共交通機関であるという景色は日本のみならず先進国の大都市どこでも見られます。

一方で、新興国に目を向けてみると通勤通学の交通手段はバイク・自動車がメインとなっており、どう公共交通機関を利用させるか、という点に政府のベクトルが向いています。都市部の発展につれバイク・自動車による渋滞や公害などが発生し、その深刻度は年々高まっていることが背景にあります。
実際、東南アジア大都市の雨が降らない乾季はどんよりと曇ったような日が多く、南国の青い空を見ることはとても稀であり、年に数日見られるかどうかという状況です。また、そんな日は外に1時間もいると喉の奥が痛くなってくる等体調にも影響が現れ、事の深刻さを体感することになります。

●新興国の公共交通機関の現状とは

 ではなぜこのような事になっているのでしょうか?
「交通インフラが不十分だから」という回答が半分正しく、半分は間違えだと考えています。
「正しい」部分としては、文字通り急激に膨張する都市に対し、公共交通機関が提供する輸送量は不十分であり、これは世界銀行やJICAはじめ、さまざまな機関が出すレポートが示している通りです。
「間違え」の部分としては、すでに一定程度公共交通機関は存在するが、『利用されていない』実態があるということです。

バイク移動で有名なベトナムホーチミンは、東京都の都営バスを上回る路線数と、およそ2倍の車両を保有し、路線総延長距離は3倍以上です。

hochiminh-tokyo-bus-transportation参照元:日本電気株式会社 https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12265955.pdf (9ページ 表2.2)

しかし、バスの輸送分担率(移動手段に占める割合)は極めて低く、6%台であると言われています。

hochiminh-transportation参照元:日 本 工 営 株 式 会 社  東 京 急 行 電 鉄 株 式 会 社
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000255.pdf (51ページ 表1.3)

このような状況は東南アジアの新興国は同じであり、長期的な施策である鉄道(MRT:Mass Rapid Transit)建設と合わせて、既存の交通機関を生かすさまざまな取り組みが行われています。これら短中期的施策は「決済」の視点からも興味深いものだと考えています。

●インドネシア・ジャカルタの現状と取り組み

 一例として東南アジア最大の都市であるインドネシア・ジャカルタの例を「決済の視点」を交えてご紹介したいと思います。

■ジャカルタの交通機関と決済手段

jakarta-transportation

(2021.03.15時点の情報、各交通事業者情報はWikipediaその他参照、決済手段はTIS独自調べ)

ジャカルタ交通機関の特徴は、主要銀行が発行するプリペイドカード(E-Moneyと呼ばれる)が交通機関で利用できることです。これは他国ではあまり見られない事象です。誰でも(銀行口座保有等の条件がなくても)持つことができる上、交通機関を横断で利用することもできるため「Open Loop」化されているとも言えます。

 

■公共交通機関個々の取り組み(Trans Jakarta)

 Trans Jakartaは2004年に1つ目の路線を開通させました。その後段階的に路線を拡大していきましたが日次乗降客数は20万人前後と低迷していました。
2011年に初めて電子決済としてBank DKI(ジャカルタ州立銀行)のE-Moneyを導入しました。その後2013年までに現在と同じ6銀行のE-Money全て対応できるようになりましたが、利用率は6%程度にとどまっていました。
この頃私もジャカルタに駐在しておりTrans Jakartaに乗車しましたが、利便性・安全面含め「覚悟」を持って乗車したのを覚えています。日々利用する交通機関としてはさまざまな面で不十分な状況でした。
そんな中2015年に国のキャッシュレス施策に基づき、現金対応を完全に取りやめ100%キャッシュレス対応に踏み切りました。一時的な混乱により乗客数は20%減少しましが、3週間で元の数字に回復し、その後利用者数は増加しました。これはマニュアルオペレーションで発生していたさまざまな集計ミス・現金取扱いミスが無くなったことと、実際の利用者数を正確に捉えることができたためと分析されており、一つのキャッシュレス効果といえます。この時点で日次乗降客数は31万人でした。

Trans Jakartaはその後、BRT(専用路線を走り、シェルターと呼ばれる駅設備で乗降)だけではなく、道端に停車するバスの路線網も拡充していきました。また、2018年に開催されたAsian GAMESに向けて道路のインフラ、BRT駅設備の改修、車両の更新を行いました。それらの施策と合わせて、後程で紹介する「OKOTRIP」スキームに参画することで、日次乗降客数は約72万人まで増加しました。

2019年にはAngkotと呼ばれる8人乗り程度の伝統的ミニバスを傘下に収め、サービスのカバレッジを増やしてゆきました。そして2020年2月に日次乗降客数100万人を超えることができました。
(残念ながらその直後COVID-19の影響で現在の利用率は低迷しています)

Trans Jakartaはキャッシュレスの効果を得るためには、100%非現金化する強いイニシアチブが必要であると考えていました。一方でキャッシュレスだけでは乗降客数増加には不十分であり、設備増強やサービス網拡張等の施策と組み合わせることでより効果を発揮する事ができました。また、Trans Jakartaのキャッシュレス実現にはTISの出資先であるPT. AINO Indonesiaが大きな貢献をしています。

 

■州政府の取り組み

 ジャカルタは世界最悪と言われる交通渋滞に加え、大気汚染は深刻であり、大気汚染指数ランキングでも世界最悪を記録してしまいました。ジャカルタ近郊には煤煙を排出する工場はあまりないため、主な要因は自動車やバイクとされています。

そんな状況を打破すべく、2017年からジャカルタ州知事に就任したアニス氏(Anies Baswedan)が公共交通機関へのモーダルシフトを促す目的で実施したのが、前述のOKOTRIPです。OKOTRIPとは「One Karcis (Card) One Trip」の略で朝の時間帯3時間以内であれば乗り継ぎを何度行っても料金にキャップ(上限:5,000IDR=約40円)を設けるというものです。
特にTrans Jakartaは単一運賃ですが乗り継ぎのたびに運賃を払う必要があるため、1本で目的地に到達できない場合、乗客が支払う合計運賃は割高となってしまいます。また、インドネシアでは通勤交通費は従業員の自己負担となっている場合が多く、この金銭的負担を軽減することでバイクから公共交通機関へのモーダルシフトを促すことを目的として導入されました。朝の通勤に公共交通機関を利用させるプロモーションであるという意味で、冒頭に述べたJR東日本のオフピークキャンペーンと全く逆の取り組みであり、今後どうなるのかとても興味深いものです。

このOKOTRIPは2018年末「Jak Lingko 」と名称を変更しました。また、対象をTrans Jakartaから傘下に収めたAngkot(Mini Trans)、日本のODAで建設されたMRT Jakarta、新たに建設されているLRTと広げて利便性を高めています。
一方でこの施策によって発生する標準運賃との差額はジャカルタ州政府の負担となっており、これら差額の補填を含めた補助金はTrans Jakarta だけで 年間3.27 Trillion IDR(約250億円)と大きなものとなっています。
この施策を利用するためには「Jak Lingko Card」を新たに入手する必要があります。また、交通事業者側では全ての決済端末のプログラムを改修する必要がありました。利用者にも事業者にも大きなインパクトを伴う施策ですが、高評価で受け入れられています。(AINOはこのJak Lingkoの端末側プログラムの開発と実装を行いました)
しかし、この施策はジャカルタ州政府独自施策のため、国営系の交通機関にはサービスが提供されていません。そこでジャカルタでは、さらに利便性を高めるための施策として国と州政府横断的な取り組みを現在進行形で行っています。

 

■PT. JAK LINGKO設立

 2020年からジャカルタでは全ての交通機関のAFC (Automatic Fare Collection:自動運賃収受) システムを統合し、より利便性の高いサービス提供を目的とした動きが出てきています。
まず、プロジェクトを動かす第一弾として全ての交通機関がステークホルダとなるJoint Ventureが設立されました。この名前がPT. Jakarta Lingko Indonesia (Jak Lingko)です。(前述のサービス名と同じ名称)
下図のように、PT. Jak Lingkoにはジャカルタ州政府配下のTrans Jakarta、MRTと国営系のKAI両方の資本が入っています。ここがさまざまな施策の母体になることにより、州政府系、国営系両方の交通機関に対して、横断的な施策を打つことができるようになります。

organigation-chart

このPT. Jak Lingkoの下、ジャカルタで運営されているすべての交通機関のAFCシステム統合だけではなく、急激に普及が進むQRコード決済の利用やMaaS(Mobility As A Service)も公式サービスとして提供されるようです。
ジャカルタは東南アジア最大のRide hailing企業であるGrabとGojokがしのぎを削る場所です。公共交通とRide hailingのサービスが統合されるのは必然といえ、今後1年の間にどのような発展がみられるかとても楽しみです。

●まとめ

 新しいテクノロジーであっても成熟している国では既存サービスとの違いを感じにくいことがあるかもしれません。しかし、社会基盤が整っていない新興国では同じものでも大きなイノベーションとしてとらえられ、実際に社会を大きく変える可能性があります。そのような部分に新興国ならではのビジネスの面白さがあると私は考えています。
しかし、その裏には現地の人達が世界の最新トレンドを勉強しキャッチアップしようとするもの凄い量の努力と、それを資金面で支える投資家のエコシステムが存在しています。
我々も日本の技術や品質に奢ることなく世界のトレンドを学び、半歩先の提案ができる存在になっていきたいと考えています。

※この記事が参考になった!面白かった! と思った方は是非「シェア」ボタンを押してください。