コラム
カード会社には、日々発生する運用業務への対応だけでなく、新たな顧客価値の創出や競争力強化に向けた取り組みも求められています。
こうしたなか、業務効率化と高度化の両立を支える手段として生成AIへの期待が高まっています。TISIは、PAYCIERGE(※1)が掲げる次世代決済プラットフォーム構想のもと、発行・与信・不正検知・加盟店管理・請求回収などの決済業務にエージェント型AIを適用し、業務の効率化・高度化を支援する取り組みを進めています。
その代表的な取り組みの一つが、国際ブランドへのエンハンス対応業務を効率化する「国際ブランドエンハンス対応支援サービス」です。
本記事では、本サービスが生まれた背景や技術的な特徴、導入メリット、そして今後の展望について紹介します。国際ブランド対応に課題を感じている方はもちろん、AIを活用した業務変革に関心をお持ちの方にも参考となれば幸いです。
※1 PAYCIERGE:TISIが提供する決済プラットフォーム
【本記事について】
本サービスの企画・開発を担った以下の2名が、その背景や技術についてご紹介いたします。
二出川 弘(にでがわ ひろし)
TISI株式会社 サービスプラットフォーム事業部 サービスプラットフォーム第1部 フェロー カードシステムの開発・運用や国際ブランドエンハンス対応の知見をもとに、本サービスの構想全体をリード。2025 Japan AWS Ambassadorsに選出。
塚越 駿輝(つかごし としき)
AKKODiSコンサルティング株式会社 ICT Solution 事業本部 第4事業部
AWS・生成AIの技術面から本サービスの設計・開発を担当。
※AKKODiSコンサルティング株式会社より出向。本サービスの開発に参画しています。
1 なぜ今、カード会社にAI支援サービスが必要なのか
TISI株式会社 サービスプラットフォーム事業部 サービスプラットフォーム第1部 フェロー 二出川 弘
1-1 カード会社を取り巻く環境の変化
カード事業を取り巻く環境は、いま大きく変化しています。
キャッシュレス決済の拡大に伴い、決済市場ではQRコード決済やモバイルウォレットなど多様な決済手段が普及し、競争環境はより複雑さを増しています。
また、顧客ニーズの多様化により、カード会社には決済機能の提供だけでなく、データ活用やパーソナライズされたサービスの提供など、顧客体験そのものを高める取り組みも重要になっています。
一方で、PCI DSS(※2)をはじめとする各種規制・ガイドラインへの対応、不正利用対策やサイバーセキュリティ対策など、安全・安心な決済サービスを提供するために必要な業務も年々高度化しています。
このようにカード会社には、新たな価値創出と高度化する運用・管理業務への対応を両立することが求められています。
※2 PCI DSS(Payment Card Industry Data Security Standard):国際ブランド各社が共同で策定した、クレジットカード会員データを保護するための国際的なセキュリティ基準
1-2 AIに期待される役割
前述の通り、多様化するユーザーニーズにスピーディに応える必要がある一方で、外部からの規制やセキュリティ要求も増加し、カード会社が対応すべき業務は急速に拡大しています。しかし、こうした変化に対応するために必要な専門人材の確保や育成は容易ではありません。
特に規制対応やセキュリティ対応、国際ブランド対応などの領域では、高度な専門知識を持つ人材に業務が集中しやすく、属人化や負荷の偏在が課題となっています。
こうした課題の解決策として期待されるのがAIの活用です。情報収集や分析、文書の読み込み、影響範囲の整理といった業務をAIが支援することで、担当者の負荷軽減や業務効率化が期待できます。
AI活用の目的は、単なる効率化ではありません。定型業務や共通業務をAIが支援することで、人材を商品企画やサービス開発、顧客体験の設計といった、より付加価値の高い領域へシフトさせることが可能になります。
TISIは、このような考え方のもと、カード会社向けAI支援サービスの実現に取り組んでいます。
2 TISIが構想するカード会社向けAI支援サービスとは

TISIは、PAYCIERGEの次世代決済プラットフォーム構想のもと、決済業務向けのエージェント型AIを活用したAI支援サービスの開発を進めています。
目指しているのは、カード業界に共通する課題に対してAIを活用し、業務効率化・高度化を実現するサービスを継続的に提供することで、カード会社の変革を支援していくことです。
特に、規制対応や国際ブランド対応といった業界共通の業務は、多くのカード会社で発生する一方、各社が個別に情報収集や影響分析、対応方針の検討を行っており、膨大な工数が費やされています。
TISIは、まずこうした共通課題の一つである「国際ブランドエンハンス対応」に着目し、サービス化に取り組みました。共通業務にAIを活用することで各社の負荷を軽減し、より付加価値の高い業務へリソースを振り向けられる環境づくりを進めています。
また、この取り組みは、前述のPAYCIERGE次世代決済プラットフォーム構想の一環でもあります。
TISIは、発行・与信・不正検知・加盟店管理・請求回収などの決済業務において、業界共通知識を体系化した「Payment Intelligence Layer(決済業務知識基盤)」の構築を進めており、将来的には各業務に最適化したエージェント型AIの提供を目指しています。
国際ブランドエンハンス対応支援サービスは、その一つとして、カード会社共通の業務課題に対する業界特化型AIの実現を見据えた取り組みです。
3 「国際ブランドエンハンス対応支援サービス」とは
3-1「国際ブランドエンハンス対応支援サービス」の概要
「国際ブランドエンハンス対応支援サービス」は、国際ブランド対応業務の効率化を目的として開発されたサービスです。
カード会社は、VisaやMastercardをはじめとする国際ブランドが提供する機能追加や仕様変更(エンハンス)に継続的に対応する必要があります。これらは、セキュリティ強化や決済機能の高度化につながる重要な取り組みである一方、高い専門性と多くの工数を要する業務でもあります。
実際に、国際ブランドから提供されるエンハンス関連資料は約1,000ページ規模に及ぶこともあります。その内容を正確に読み解き、自社対応への影響有無や対応要否を判断するには、多くの時間と専門知識が求められます。
本サービスを活用することで、大量のエンハンス資料をAIが解析し、翻訳・整理・チェックリスト化までを一括で実施できます。さらに、整理された情報をAIチャットで検索・確認できる仕組みにより、「理解する」「確認する」「判断する」という一連の業務を効率的に支援します。
<概要イメージ>

3-2 国際ブランドエンハンス対応支援サービスの機能
本サービスでは、国際ブランドエンハンス対応を効率化するために、以下の3つの機能を提供します。
① エンハンス対応に必要な情報を自動で整理・一覧化
大容量のPDF資料を解析し、カード会社が対応すべき要点を抽出したうえで、Excel形式のチェックリストとして自動生成します。従来、多くの工数を要していた整理作業の効率化を支援します。
<チェックリストのイメージ>

➁ AIチャットによる内容検索・確認
整理された情報について、日本語で質問することで、必要な情報を迅速に確認できます。国際ブランド業務に関する知見を持つ部門だけでなく、関連部署においても内容把握が可能となり、組織全体の対応力向上につながります。
<質問(プロンプト)例>
- レスポンスコードに追加や変更はありますか?既存コードの意味が変わるケースも含めて教えてください。
- MCC(Merchant Category Code)の追加・変更・廃止はありますか?
- BSIとRTSIとは何か。また、どのような時に使用するものかを具体的に教えてください。
③ ブランド情報の一元管理(開発中)
ブランド各社から発信される週次・月次の各種情報を取り込み、本サービス上で一元管理できる機能を開発中です。散在しがちな情報を集約することで、継続的な対応業務の負荷を軽減します。
<ブランドエンハンス対応のイメージ>

3-3 国際ブランドエンハンス対応支援サービスの利用技術
本サービスは、AWSが提供するGenerative AI Use Cases(GenU)をはじめとするOSS(※3)と、各種マネージドサービス群を組み合わせて構築しています。OSSを活用することで最新技術を迅速に取り込めるほか、マネージドサービスを活用することで運用負荷を抑えながら安定したサービス提供を実現しています。
※3 OSS(Open Source Software):ソースコードが公開されており、誰でも利用・改良できるソフトウエア
本サービスを提供できた理由のひとつに、TISIがカードシステムを提供するベンダーであると同時に、自社でも国際ブランドエンハンス対応を担う当事者であるという点があります。TISIは、長年にわたるカードシステムの開発・運用と、膨大な改定文書の確認・影響調査・関係部署との調整といった現場の業務経験を通じて、実務に根ざした知見を蓄積してきました。 こうした業務知見に、AWS上で生成AIの活用を継続的に進めるなかで培った技術力を組み合わせることで、国際ブランドエンハンス業務に求められる検索性・要約精度・運用性を備えたサービスとして提供しています。
<主な特長>
- OSS活用による迅速な開発・高度化
OSSを活用することで、最新技術を迅速に取り込みながら機能開発や改善を進めることが可能 - 高いセキュリティを確保する環境設計
顧客ごとに独立したAWS環境を構築可能とすることで、マルチテナントでも高いセキュリティ水準を確保 - 拡張性の高いアーキテクチャ
疎結合構成により、機能追加やカスタマイズへの迅速な対応が可能 - カード業界要件への対応力
PCI DSSに準拠したTISIの基盤サービスにより、安全性と信頼性を高水準で確保
また、本サービスは、カード会社も多数利用している高セキュリティ基盤で提供しており、お客様に安心してご利用いただくことが可能です。
※本プロジェクトは"AWS Japan 業界特化型 生成AIパートナーソリューション Go-To-Market Sprint"という企画からスタートしています。アマゾンウェブサービスジャパン合同会社がTISIを含め複数の顧客に対して、特定業界向け生成AIソリューションの実現に向け、技術面や営業マーケティング面のサポートを行っています。
3-4 汎用的な生成AI活用との違い
近年、ChatGPTをはじめとする生成AIを活用することで、大量の文書の要約や翻訳、情報抽出などを効率的に行えるようになっています。
しかし、国際ブランドエンハンス対応のような専門性の高い業務においては、生成AIをそのまま活用するだけでは実務上の課題が残ります。
<汎用的な生成AI活用で想定される課題>
- 原本が英語であり、翻訳と解釈を同時に行う必要がある
- 資料のレイアウトや記載方法によって、読み取り結果や解釈にばらつきが生じる場合がある
- 出力結果の根拠となる原文や参照箇所を追跡しづらい
- ハルシネーション(誤情報の生成)が発生していないか確認するため、最終的に人による確認が必要となる
そのため、実務で活用する際には、生成AIの出力結果を確認・検証するための工数が大きな負担となるケースがあります。
本サービスでは、こうした課題を踏まえ、国際ブランドエンハンス対応に特化したデータ処理・構造化プロセスを組み込むことで、精度とトレーサビリティの確保を図っています。
単に生成AIをそのまま活用するのではなく、国際ブランドエンハンス対応に特化したデータ処理・構造化を組み込み、業務プロセス全体を支援する仕組みとして提供している点が、本サービスの大きな特長です。
AKKODiSコンサルティング株式会社 ICT Solution 事業本部 第4事業部 塚越 駿輝
4 国際ブランドエンハンス対応支援サービスの導入メリット
4-1 工数削減と業務効率化
従来の国際ブランドエンハンス対応は、複数名で分担しながら、英語のPDF資料を翻訳し、その内容をExcelへ転記・整理するプロセスが一般的でした。
さらに、その内容を基に自社システムへの影響有無や対応要否を判断し、対応項目ごとの振り分けを行う必要があります。これらの作業は非常に負荷が高く、一連の初期対応に1ヶ月程度を要するケースもあります。
本サービスでは、大容量のエンハンス資料から必要な情報を抽出し、チェックリスト形式の一覧を短時間で自動生成します。これにより、従来多くの工数を要していた資料の読解や情報整理といった初期対応業務の効率化につながります。
最終的な確認や判断は人が行う必要がありますが、当社実務での試算では、初期対応工数を最大約3割削減できる見込みです(対象業務・条件により変動します)。
4-2 業務の標準化
国際ブランドエンハンス対応は、資料の読解から判断・振り分けまで高い専門性を要するため、限られた有識者に依存しやすい業務です。その結果、業務の属人化やリソースの偏在が生じやすい構造となっています。
本サービスでは、AIによって情報を整理・構造化することで、必要な情報を確認しやすい環境を提供します。これにより、有識者への依存を軽減しながら、組織内での情報共有を円滑化することが可能です。
また、AIチャットを活用することで、関連部署においても必要な情報へ迅速にアクセスできるため、組織全体での対応力向上につながります。
これにより、従来の属人化した運用から脱却し、業務プロセスの標準化と平準化を支援します。結果として、有識者の負荷を軽減し、より付加価値の高い業務へ人的リソースをシフトすることが可能になります。
4-3 セキュリティ・リスク対応力の向上
国際ブランドエンハンス対応には、セキュリティ機能の強化や要件変更など、重要なアップデートが含まれます。その内容を迅速かつ正確に把握し、適切に対応することは、カード会社にとって欠かせない取り組みといえます。
一方、エンハンス対応を実施する際に、情報の見落としや解釈の誤りがあることで、対応漏れや品質の低下につながる可能性があります。国際ブランドからの指摘や修正依頼につながれば、信用の低下を招きかねません。
本サービスでは、AIによる情報の構造化と可視化により、必要な情報を把握しやすくし、内容の確認から対応判断までを迅速に進められるようサポートします。また、対応状況を可視化することで、対応漏れの防止や網羅性の向上にも寄与します。
これにより、解釈ミスのリスク低減につながるとともに、エンハンス対応の品質向上を支援します。また、エンハンス対応業務の効率化と標準化を通じて、新たな要件や制度変更にも対応しやすい体制づくりにつながります。
5 国際ブランドエンハンス対応支援サービス導入の流れ
本サービスでは、導入前にサービスの有効性や適用性を確認できるよう、PoC(概念実証)とデモンストレーションの2つの検証方法を用意しています。
- PoC(概念実証)パターン
実際の国際ブランドエンハンス対応業務に本サービスを適用し、効果を検証する方法です。すべての機能を利用できるため、実業務への適合性や改善効果を具体的に評価できます。その結果を踏まえ、本導入に向けた検討を行います。
PoCを実施する場合は、本導入と同様に約1ヶ月の準備期間を設け、AWS環境の構築やサービス利用方法の説明、セキュリティに関する確認手続きなどを進めます。
PoCの実施期間は約3ヶ月を予定していますが、お客様のご要望に応じて柔軟に調整が可能です。
- デモンストレーションパターン
短時間で利用イメージを確認できる体験型の検証方法です。実際の画面や処理内容を通じて、データの処理プロセスや生成されるアウトプットを確認できます。
また、AIチャット機能も体験可能であり、実際にプロンプトを入力することで、回答内容や操作性を確認できます。まずはサービス概要や利用イメージを把握したい場合に適しています。
これらの検証プロセスを通じて、サービスの有効性を見極めたうえで、本導入へと移行することが可能となります。
6 TISIのカード会社向けAI支援サービスのビジョン

今回紹介した国際ブランドエンハンス対応支援サービスは、TISIが構想するPAYCIERGEの次世代決済プラットフォーム構想のもとで推進する取り組みの一つです。
国際ブランドエンハンス対応に限らず、規制対応や運用業務など、カード業界には各社が共通して抱える課題が数多く存在します。
TISIは今後も、こうした業界共通課題に対してAI活用を進めることで、業務効率化・高度化を後押ししていきます。
さらに将来的には、カード業界各社がAIを活用して自社課題を解決し、蓄積した知見や機能を業界全体で活用し合えるエコシステム(※4)の実現も視野に入れています。
個社の取り組みを業界全体の価値へとつなげることで、日本のカード業界全体の発展と高度化に貢献することを目指しています。
また、カード業界各社がより付加価値の高い商品・サービスの企画や顧客体験の創出に注力できる環境づくりを支援してまいります。
※4 エコシステム:各社が持つ機能や知見を相互に共有・活用し合い、業界全体として効率化・高度化を実現する仕組み