2021年9月17日(金)、TISインテックグループはオンラインイベント『決済DXで広がる新しいビジネスと顧客体験 ~金融と非金融の融合~』を開催しました。基調講演に東京大学大学院情報学環 准教授 高木 聡一郎 氏をお招きして「金融×非金融」のDXトレンドについてユースケースを交えながら紹介し、非金融事業者が金融ビジネスへ参入するヒントをお伝えしました。
本コラムでは2回に渡り、基調講演と3つのセッション、質疑応答の概要をレポートとしてまとめていきます。
【講演内容】
基調講演.デフレーミングで考えるポストDX時代のビジネス創造
セッション1.デジタル口座で実現するいち早い金融サービスへの参画
セッション2.スーパーアプリがもたらすスムーズな顧客体験
セッション3.給与デジタル払い解禁間近~これからの給与支払のカタチ
今回は、「基調講演.デフレーミングで考えるポストDX時代のビジネス創造」と「セッション1.デジタル口座で実現するいち早い金融サービスへの参画」についてです。
●基調講演.デフレーミングで考えるポストDX時代のビジネス創造
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講演者:高木 聡一郎 氏
東京大学大学院情報学環 准教授
東京大学大学院情報学環准教授。国際大学GLOCOM教授等を経て2019年より現職。これまでにハーバード大学ケネディスクール行政大学院アジア・プログラム・フェローなどを歴任。専門分野は情報経済学、デジタル経済論。主な著書に「デフレーミング戦略 アフター・プラットフォーム時代のデジタル経済の原則」(翔泳社)など。
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基調講演のテーマは「デフレーミング」の観点からデジタル・トランスフォーメーション(DX)の本質を理解し、不確実性が高い現代で新たなビジネスを創造する方法と戦略を考えることです。
●「デフレーミング」でVUCA時代のDXの本質を掴む
DXといわれても実際には「何から手を付けていいのかわからない」ことが多い状況です。現在はVUCAの時代 (※1)とも言われコロナによる事業継続の制約、国際秩序のゆらぎ、都市と地方の関係など、多種多様な社会問題が顕在化して未来が予測しづらくなっています。また、キャッシュレス、スマートシティや仮想通貨、マイナンバー、ソーシャルコマースなど技術要素が非常に多く、どこから手を付けるべきか適切な選択をするのも困難です。
このよう中でどのように社会のデジタル化が進み、変わっていくのか、その本質を明らかにするために高木准教授が提唱している のが「デフレーミング(Deframing)」という概念です。
デフレーミングとは、フレーム(枠組み)が壊れていくという意味の造語です。高木准教授は『伝統的なサービスや組織の「枠組み」を越えて、内部要素を組み合わせたり、カスタマイズしたりすることで、ユーザーのニーズに応えるサービスを提供すること』と定義しています。
デフレーミングには大きく3つの要素があります。1.事業ドメインの「分解と組み換え」、2.ビジネスモデルの「個別最適化」、3.組織運営・働き方の「個人化」です。事業ドメインから組織運営まで幅があり一見すると異なる話に思えますが、デジタル化によって取引コストが削減されることで、フリクションの少ない社会に世の中全体が変わってきています。デフレーミングの大きな3つの要素として露わになってきた背景があります。この3つの要素に分けてDXについて解説していきます。
(※1):VUCA(ブーカ) 「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字。これらを含んだ社会情勢のこと。
●デフレーミングの要素(1)分解と組み換え
1つ目の要素は「分解と組み換え」です。これはサービスや商品を従来の「枠」を超えて要素に「特化」し、組み合わせ直すことを意味しています。情報技術の観点から、本当に親和性のある組み合わせにまとめ直していくことがポイントです。
わかりやすいのは銀行の「送金」と通信の「メッセージング」の組み合わせでしょう。情報技術の観点から見ると「LINE Pay」などを使ってテキストを送ることとお金を送ることは機能としてほぼ同じです。またコミュニケーションの一環としての送金はカスタマージャーニーとしても有り得ます。この2つの要素を「銀行」と「通信」と区切るのではなく、組み合わせることが世界中でダイナミックに起きているのです。
例えば中国のIT企業テンセントは、元々「QQ」というモバイルゲームやちょっとしたチャットの機能を有したアプリを展開する企業でした。それが日本でいうLINEのような「WeChat」というメッセージングサービスに進化し、莫大なユーザー数を確保しました。そこでメッセージングと情報技術として変わらない「送金」を取り入れて金融サービス「WeChat Pay」を展開し、大きく成長しました。さらに「WeChat」の顧客基盤を使いたい他社サービスを「WeChat」上で使えるよう、ミニプログラムという基盤の提供をスタートしました。こうして分解された異なる要素を組み換えて新たなクラウドプラットフォームへと進化させ続けています。
このような成長を促すのがデフレーミングの「Z型戦略」です。伝統的な範囲の拡大戦略ではなく、デジタルファーストで再構築をして一点突破でユーザーを獲得してから異分野と組み合わせ範囲を拡大する戦略で、デフレーミングの時代では重要な考え方になっています。こうした考え方の先に、「APIエコノミー」と決済ネットワークの発展もあります。
●デフレーミングの要素(2)個別最適化
2つ目の要素は「個別最適化」です。既製品という枠を超えて個別のユーザーに最適化をして、「なくてはならない存在になる」戦略です。この事例としては「NIKE iD(Nike By You)」や「ZOZO Suits」等のマス・カスタマイゼーションサービスなどが挙げられます。個別最適化で重要なのは、人によって好みや価値観が異なることに着目することです。現在では、技術の進歩によってユーザーの膨大なニーズをデータ化してスピーディに製造して届けることが可能になっています。
●デフレーミングの要素(3)個人化
3つ目の要素は「個人化」です。テクノロジーの進化によって個人でできる仕事が増え、企業という枠を超えて個人がビジネスで活躍できる時代になりました。フリーランスとなって、クラウドソーシングを利用したり、YouTuberとなったり、オンラインサロンを開くなどして働く人も増え、今後、プラットフォームの普及によって個人間取引が加速すると予想されています。
●「分解」を「3階層」で考える
デフレーミングでは物事をコンテクスト、ファンクション、リソースの3階層で考えて分解していくことがとても大切になります。
つまり、どんな資源(リソース)を使って、どんな機能(ファンクション)で「何のために」「誰のために」(コンテクスト)といった3階層を一度バラバラにしてみて、全く異なるコンテクストとファンクションを組み合わせてみたり、リソースとコンテクスト、リソースとファンクションを組み合わせたりして様々なことを試していくことが重要なのです。
●ポストDXの世界と決済の鍵となる「新結合」
デフレーミング後の世界では金融や決済があらゆる経済活動の中に入ってくると考えられています。このような金融化の流れの中で多くのチャンスが生まれてくるはずです。
デフレーミングは、不確実な時代の中で既存の枠組みや思い込みから脱却するためのフレームワークとして有効と考えられます。創造性を高め、分解して脱構築したものを「新結合」することでイノベーションを作っていくことができるのです。